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小僧というお宝

 先の、正体不明の敵からの襲撃で死者がでた。それ自体は大した問題ではない。問題ではあるが、全て平原に還した。腐乱する遺骸をいつまでも載せてはいられないのだ。


「子犬をどうしますか」


 子犬、つまりは小僧の処遇は大問題だ。昨夜の賊は、いくつかの証言からも、小僧を目的に狙ってきた。しかも相手は軍船に相当する飛び船を持っている可能性がある。少なくとも飛び船を乗りこなす種族だ。


 飛び船は戦船三種、すなわち飛び安宅船、飛び関船、飛び小早船と水軍の戦船と同じ名前のものしかない。商人が扱う船も統合されていた。基本的な船体は同じだ。呼び名を敢えて分ける必要もなかったし、山とも海ともつかない飛び船黎明期の名残りのままである。安宅、関、小早、と石高の差こそあるが、実際のところの違いとはそのくらいである。飛び船の未来とはこれからなのである。


 船を浮かべるだけならば、そう大した問題ではない。浮き島に矢倉を建てればこと足りる。だが、自在に飛び船を扱うのは、水軍衆の戦船と同じく漕ぎ手に頼れないのだ。優秀な風読みと性格な空はどこもまだ調べがついていない。空の調査は重要な価値があり、調査の風図を売る約束があるからこそ、一藤左衛門は飛び船を持ち、一城の主になった。


 問題は、大陸の飛び船だ。


 今までの明軍、朝鮮軍、北部の遊牧民には飛び船の文化はなかった。それよりは、膨大な兵数を直接浮かべる飛び鎧や飛び馬をよく用いた。


 飛び鎧とは兵を直接、空を泳がせる、それはそれで便利な個人の備えの一つであるし、飛び馬は馬の腹に浮き島の岩を括りつけた空中騎馬である。飛び船に比べてそれぞれ一長一短があり、飛び船自身も含めて圧倒的な優位性をどれかへ持つものではない。使い方の違いである。


 ただ、飛び船を使う大陸勢力というのは、極めて珍しいことだ。遥か大陸の端からやってくる伴天連などの人間には、優秀な船の一部を改良してもいる。元より優れた船を空海両用として底上げしているようだ。


 賊の飛び船はどうも、日本の諸藩と同じように純粋な空のものの気がしてならないという不安があった。つまりは、諸藩の誰かに目をつけられているのが、小僧であり、大名や家老の家臣という生き物は、女の亡霊よりもねちっこい。


「一藤左衛門殿」


 胡座を組み、まぶたを閉ざす一藤左衛門の耳にもその声は届いていた。だが、目を開かない。深く考え、鋭く決断した。冷めた刃の瞳が、緊張で強張るお縄の小僧を射抜く。


 空に染まった黒い夜の瞳だ。


 真っ直ぐと、名も知らぬ小僧の目を見つめる。答えは既に、決めているのだ。そして一藤左衛門は船長であり、言葉にする必要性の義務を持っている。


「俺が、俺の船で臆病風を吹かし、小僧の命を差し出して生き永らえようなど笑止千万。俺は貴様らに言った。先の時代へ貴様らを連れて行くと。先の時代とは、昨日にはない。俺達が俺達の時代を切り開くと言うのであれば、小僧一人手中に収められずして、何が時に触れえようか」


 今一度、覚悟と風を飲む。


「各々方、戦支度をされよ。心に死装束を覚悟されよ。黒田藩への荷運びのこの道中、戦と心得るものぞ」


 水夫らは、侍とは違う。武士とは違う。しかし、命令とあればこれに従うだけの兵へ鍛えられた匹夫どもだ。学びが足らんと時代に置いていかれるだけならば、学んで我こそはと夢と先を掴もうと、泥に塗れた腕を伸ばす大うつけ。一藤左衛門の部下とは、そういう男どもである。


 不満、不服、大いに抱えていよう。だがそれでも、一藤左衛門を主人と認め飛び船へと乗ることを選ぶとは、そういうことなのである。心ぼ内は乱れても、かける声はただ一つ!


「応ッ!」


 帆は張られ、風ゆくところへ船は進む。飛び船が進むところへ風が吹くのではない。風吹くところへ船を乗せるのだ。


 今、風は吹かれている。


「貴様のせいでえらい目にあっておるのだぞ、少しはわかっているのか」


 鞘で小僧の頰をグリする一藤左衛門だが、当の小僧は完全に無視した。鼻を鳴らし、一藤左衛門は刀を抜く。流石に小僧も身が強張った。帆柱と小僧を結んでいた縄を切る。「貴重な縄が短くなったぞ」と悪態を吐きながら、そのまま刃をしまった。


 キョトン、放心する小僧なんぞに構っている暇はない。一藤左衛門は、声を張った。


「降るか!」


 飛び船の外を指差す。


「残るか!」


 飛び船の中を指差す。


 小僧に訊いた。言葉の理解なんぞ知ったことではない。だが、選ばせる道を小僧に押し付けた。小僧は、どかり、居座った。降りるつもりは無いらしい。あるいは、飛び降りろと言われたと勘違いしたか。何にせよ、小僧が選んだ道である。


 生きろ、死ね。


 くだらない問いは、一藤左衛門の口から二度と紡がれはしないことであろう。


 小僧はヒョコヒョコと一藤左衛門の後ろをついてまわる。帰ろうと思えば帰れるのに、逃げはしない。同時に、もう一藤左衛門を殺そうなどとはしない。やはりか、と一藤左衛門は刀から手を離さず、小僧から目を離さず思考した。


 先の賊の襲来、小僧を助けに来たのではない。小僧の扱いはできれば救出……に近いだろうが強奪と言えた。無理であれば殺そうとするだろう、とまでが一藤左衛門の予測だ。あれは、仲間がやるべき動きではない。傭われの働きとも言い難い。であれば、小僧に利用価値を持つ敵だろう。


 何者だ?


 考えながらも、考えてはいない。次に襲ってきたとき、生きた死体候補を切り刻めば良いことだ。今は備え、覚悟していればよい。一藤左衛門は気楽に構えていた。


「ふっ」


 思いを煮詰めたところで、片思いに失恋はあるもの。上手く生きられるだけが人生ではない。ならば、考えすぎず考え、決断すれば楽観的に実行すれば良いのだ。


 飛び船から見た世界は……広い。縁に腕を掛け見た光景は、果てまで続く地平と、それに続く同じ異常の空だ。遠くあり、高くもある。


 水夫らが、戦でもないのに鉄を張った盾板を組んでいた。矢弾に対する矢倉の防備だ。かつて織田信長公が持っていた鉄船は、水に浮かばない飛び船にこそ、錆びず、価値があると鎧の船としたはいいが、何かと不便も多い。渡し板代わりの盾板も後から備えだ。浮き島そのものが、超常の力で強固に結束しているので、これに隠れたほうが良いのではあるが、そう都合よく浮き島を掘れないのも事実である。


 一藤左衛門の飛び船は、幾度となくちゃねを流している通り、重く装備を載せている。戦船を足らしめる船の鎧、大鉄砲を十、大筒が一である。他に焙烙玉が百、抱え大筒が二、種子島が二十、他に弓と矢、槍に熊手に鉤縄、鯨包丁と乗り込みへの備えもある。当然、それを使う弾と火薬は充分な量であることは言うまでもない。


 これらの戦船と同じだけの武具の数々は、危険な大陸飛びの、実入りあるお守りなのである。


 種子島の数は、戦の趨勢を決しえる。しかし、明軍がそうあるように、日本の軍勢だけが使うものではない。賊の手にもあり、追跡を果たせなかったゆえんである。あるいは、朝鮮水軍が持つ板船のように、多くの大筒でもって装備すれば、一撃の破壊力は目を張るものの、種子島の斉射ほどの力は持ち難い。分厚い木盾に加えて、同じだけの鉄板を貼られた戦船には、大筒は甚だ威力不足が嘆かわしい。大筒の口を、鉄を貫けるようことさら巨大とした故に、勝手の悪い一門ばかしに妥協しているのだ。しかし、その威力は一撃必殺!……と、なれば良いと期待は薄かった。


 思い出されるは、朝鮮近海で海賊に襲われた時の一戦。一藤左衛門の目は遠い空の記憶を映す。小僧は鼻の糞をほじって空に飛ばしていた。一藤左衛門の拳骨が光った。


 一藤左衛門が、朝鮮府の奉行に飛び船ごと徴発されたときのことである。朝鮮倭寇の根城討伐のために、陸兵を運ぶ仕事であった。今まさに高度を雨の降る前の燕のごとく低く腹を擦りながら着地し、侍連中を落としたその時である。朝鮮倭寇の巨大飛び板船が小島の影より姿を突如として現し、奉行の水上船や飛び船、陸を走る侍へ情け容赦無く大筒の全てを放った!


 これは堪らん!と侍は方々へと逃げ散る。


 極々少数の鎧武者が大鉄砲、抱え大筒を手に、この飛び板屋船へ猛々しく火を噴いた。数十匁の鉛玉、尻から火と煙を噴く棒火矢がひらひらと空を裂く。たちまち、飛び板屋船はその木の盾を割り、矢倉の有耶無耶どもの四肢臓腑に至るまで引き裂いて見せた。しかしそれは微々たるものであり、鉄板貼りの構造を破壊するには至らない。反撃の大筒が、地上で、水上でモタモタと逃げる背中を千切っていった。


 今この場では、飛び船に有効な力は、飛び船にしかない。


 一藤左衛門は果断に、自らの飛び船をあげた。風は不十分であり、船底を大地で削られるがごとき醜い飛翔であった。


「者共、櫂でもなんでも良い、地を蹴り船を空へ飛ばして見せよ!」


 人がそうであるように、地を蹴ることで飛べ。無茶苦茶な命令にも答えて見せようと維持が光る。着陸の為と積んだ重石を捨てる一方では、乗り込む兵の全てが、蛇のようにズルズル這う飛び船から降り、その身を転がされつつも持ち上げて見せたのである。水上船であれば、巨大な船を人の足腰で支えることなど不可能!しかし、浮き島を利用した飛び船とは持つべきものが軽く、容易に持ち運ぶことも可能であるのだ。それでも、軍船として変わりない戦船である。その重さや凄まじく、砲の激烈なる反動や戦船同士の体当たりにもビクともしない大質量。生半可で浮かぶものではない。だがしかし、不屈の燃える魂、数多くの兵の奮闘はここに実り、一藤左衛門の飛び船は空へと飛び上がった。その下では渾身を絞り切った武者がバタバタ倒れていく。


 母なる大地から浮き島と空へと舞い上がる様は、優雅な鳥というよりは、熊がジタバタと溺れるように木を逆さに落ちているようであった。だが、それは飛んだ。飛んだのだ。


「操帆に気をつけろ、まだ充分な高さではない!持ち上げると尻から折れるぞ!」

「応ッ!」


 えい、おう、えい、おう。


 綱が引かれ、軋む帆柱の帆が風を受け流す。飛び板屋船は右方、上空。こちらの飛び上がりに気がつき、大筒を向けんと大きく横へ傾ける。矢倉の朝鮮人が、滑り落ちないようしがみつく角度だ。数俊の瞬き、飛び板屋船の舷に火と煙が噴く。鉄か岩か、無数雨霰と降り注ぐ破壊の暴風。大木さえも一撃で薙ぎ、地は爆ぜ散々に舞う。一発が、鉄貼りの板を数枚吹き飛ばした。破片に水夫が傷つく。さらにもう一発、鉄の船体に直撃する。鐘を打つと例えるには激しすぎる衝撃と音!しかし耳を襲われこそすれ、鉄板は僅かな凹みで見事、弾いてこれを止めた。


「敵方に先制をくれてやったのだ、板屋に寄せい!大鉄砲、抱え大筒、右方狭間より射かけよ!焙烙隊、火付けにかかれい!」


 飛び板屋船は、下方に角度キツイ、一藤左衛門の飛び関船を狙う為右方へ角度を取った。これでは大筒に弾込めをできず、一度平衡に戻し、改めて大筒を下がらせ、頭から火薬と弾を押し入れなければいけない。時間が掛かる隙である。


 風良し。


 一藤左衛門は飛び関船の尻を上げさせ、浮き島の浮く力を水平に滑らせる。一手間違えればそのままひっくり返しとなることは必至の荒技だ。しかし、重石の水夫と転がらないよう船底で縛った物品様々の管理の徹底が、重心を安定させ、急迫を見せた。


 飛び板屋船の上で、朝鮮人どもは明軍を真似た鳥銃に火箭にを放ってくる。しかしそのことごとくが小さな破壊力であり、飛び関船の鉄板を貫くには至らない。


「撃つな!当てに行く!」


 一藤左衛門の狙いは体当たり攻撃であり、その通りになった。飛び関船の上部矢倉の飛び出した爪が、飛び板屋船の木造船体を衝撃する!堪えきれずバラバラと空中に放り出される朝鮮兵どもの中で、


「一斉にかかれいッ!」


 大鉄砲が火を噴いた。抱え大筒から棒火矢が轟々と飛んだ。奇声とともに火の点けられた焙烙玉が投げ込まれた。それらは飛び板屋船の上で地獄を描き、引き裂き、燃やし、骨肉を区別なく砕いた。


 鉤縄が熊手が、帆縄に船に。蜻蛉が木っ端の蝿をその手足の籠で捕まえるがごとく、飛び関船と身動きできないよう縛り固めた。鉄板が蹴り倒され、渡しとなって道を……開く!


「乗り込めい!」


 語るまでもなく、鎧と刀槍入り乱れ、腰の浮いたこれをことごとく打ち取り制した。


 今の飛び関船に、朝鮮近海での傷は残されていない。だが、その記憶は脈々、永遠、この飛び船とともにあるのだ。


 一藤左衛門が想いを馳せている一方では。小僧は鼻の糞をほじるのを怒られてから、履き物の下の尻をかいていた。

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