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イエリオさんに電話をかけて、フィジャが目を覚ましたことを伝える。ついでに今からイナリさんの店にも行くので、と場所を教えてもらった。
完璧に覚えられた自信はないが、この辺では結構有名な店らしいので、大丈夫だろう。パン屋みたいな羽目にならないといいのだが、最悪人に聞くしかない。
「それで――」
そして、わたしはフィジャが目を覚ました、ということの次くらいに重要なことを、イエリオさんに聞いた。
「以前、わたしが訳した資料の中に、師匠の研究書がありましたよね? あれ、今どこにありますか?」
そう、わたしが見つけ出した活路とは、あの研究書のことである。
はたして、あれがわたしに扱える魔法かは分からないが、十中八九わたしのために、師匠が研究していたものだからきっと大丈夫なはず。師匠は言語理解〈インスティーング〉を使えるし、兄弟姉妹弟子の中で、あれを習得出来ないことに駄々をこねていたのはわたしだけだ。
わたしのための研究が完成しているならば、それは絶対わたしが使えるようになっている。そこは、師匠を信頼しているので。
あの研究書を使って、わたし用に改良された言語理解〈インスティーング〉を習得し、精霊語を覚え、無理やりにでも精霊を『産みだす』。
そうして、フィジャの腕を治す手伝いをしてもらえれば……という算段だ。
最悪、妖精語を覚えられなくても、現代の共用語を覚えられれば、医療知識を詰め込むまでの過程を一気にすっとばせる。
あの研究書さえあれば――そう思っていたのだが。
『……大変言いにくいのですが……あれらの資料が最近盗まれまして。その中に、あの研究書とやらも含まれているんです』
「ぬ、盗まれた!?」
病院にふさわしくないほどの大声を上げてしまった。看護師に睨まれた気がする。
わたしは声を小さくしながら再度イエリオさんに聞く。
「盗まれたってどういうことですか」
『つい数日前になくなっていたことに気が付いたんです。本当に、どうして誰も気が付かなかったのか……』
昨日言っていた、大きなトラブルとはこれのことか。話を聞けば、本当に忽然と資料の一部がごっそりなくなっていたらしい。
研究員の誰かが資料として持ち出したんだろう、と全員が思っていて、誰も行方を知らないとは思わなかったそうだ。
おかげで発見が遅れたらしい。……管理が杜撰ではないでしょうか……。
まあ、いまさら何を言っても遅いのだが。
『本当に、何と言ったらいいのか……。折角、フィジャを助ける方法が見つかったと思ったのに』
「……いえ、盗まれたのであれば、何とかなります。探すあてはあるので」
魔法、とは、他人の目があるこの場では言えないが、物を探す魔法は習得している。それこそ最初の方に覚えたし、頻繁に使っている魔法なので失敗しようがない。
「絶対に探して見せますから、研究所に戻すのが遅くなっても、目をつむってくださいね」
わたしはそうイエリオさんに伝え、二、三、言葉を交わして電話を切る。
とりあえず、このあとはイナリさんの店に言って、フィジャが目を覚ましたことを報告し、そのあとフィジャの家に戻って魔法で研究書を探さねば。
絶対に見つけ出してやる、と、わたしは拳を強く握った。




