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――午後二十三時過ぎ。
カチカチと、時計の秒針が鳴る中、わたしは一人、フィジャの帰りを待っていた。
「遅いなあ……」
日中、ルーネちゃんの話を参考に、フィジャに、どうわたしの思いを伝えるか、考えて待っていたのだが、一向にフィジャは帰ってこなかった。
わたしはフィジャの店の勤務形態に詳しくないけど、どうやら出勤は二パターンあるようで。
朝早く出ていく日は、大体夕飯前には帰って来るし、逆に今日くらい遅くなる日は早めにお昼ご飯を食べてから出勤していく。
今日は朝から出て行ったので、てっきり夕飯くらいには戻ってくると思ったんだけど。勿論、飲食店勤務だから、店が混めば帰りが遅くなることも普通にある。
でも、朝早く出て行って、こんなにも帰ってこないのは今日が初めてだった。
「そんなに店、混んでるのかな……」
とはいえ、フィジャの店は確か二十二時に閉店だったはず。もう少しで帰って来るだろうか。
何をどう伝えよう、と緊張していたはずなのに、すっかり待つのに飽きてきて、その緊張はどこかへと行ってしまった。まあ、多分フィジャが帰ってくれば一緒に戻ってくると思うけど。
暇を解消するために、先に夕飯を一人で作ってしまった。最近ずっと練習していたメニューで、フィジャは食べ飽きたかもしれないけどこれしか作れないし、と作ったはいいものの、ここまで遅くなれば明日に持ち越しかもしれない。
お腹は空いているけれど、待っている内に食べるのが面倒になってきてしまった。ぶっちゃけもう眠くなってきたし……。
あれこれフィジャに話しかける内容を考えていると、うつらうつらとしてくる。早いうちに話がしたい、と思う反面、こんな寝ぼけた頭で、疲れて帰って来るフィジャと話すより、日を改めた方がいいだろう、という気にもなってくる。
どうしようかな、と現実と夢を行き来しながらソファでうたた寝をしていると――。
――きゃああぁぁ!
外から女性の悲鳴が聞こえてきて、ハッと目が覚める。
「え、何?」
酔っ払いが外で騒いでいる、という雰囲気ではない。さっきまで、そんな声は聞こえてこなかった。むしろ、夜とはいえ、近くにあれこれ店があるにしては静かな方だった。
時計を見ればいつの間にか日付が超えている。自覚はなかったが、一時間以上寝ていたらしい。
それでも、フィジャが帰ってきた形跡はない。
……外が騒がしくなってきた。本当に、悪酔いした人間が通りかかった、悪ノリで誰かがはしゃいでいる、という空気ではない。
わたしは少し嫌な予感を覚えながらも、通りに面している窓を開けて、外を伺った。
「――っ、え?」
人が、数人集まっている。その中心には、誰かが倒れているのが見えた。倒れている人を見つけて、女性が悲鳴を上げたのか。
いや、そこは、どうでもよくて。
丁度、街灯と街灯の間。人が集まっているのも相まって、どうして倒れているのか、詳細までは見えない。
でも――。
「フィ、ジャ……?」
人だかりの間から見える、倒れている人の、赤とオレンジのまだらの髪は、信じたくないほど見覚えがあった。




