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「……ま、もう仕方ないので! さ、お昼ご飯にしちゃいましょう」
しんみりとしてしまった空気をほぐすように、わたしはわざと明るい声を出す。さみしい気持ちはあるし、もう一度会えるなら会いたいが、会えないのでどうしようもない。
やっぱり、諦めるしかないのだ。
「え、ええと……」
わたしの妙な明るさに、イエリオさんは反応に困っているようで。心配しなくても、わたしがもう帰ることはない。
温められたフィジャのご飯は、今日もおいしそうだ。クリーム系っぽいパスタと、相変わらずポタージュにしか見えない卵スープ、それからサラダ。
「いただきまーす」
作りおきのパスタは麺がくっついてたり、パサついたりしてどうなんだろう、というイメージが強かったが、このパスタは逆にもちもちしていて美味しい。なにかコツがあるんだろうか。以前食べた、中華風な肉そぼろが載ったものとちょっと食感が違うので、パスタの種類自体が違うのかもしれない。
プロの味が再現出来るとは思えないが、今度聞くだけ聞いてみよう。
「それにしても、こんだけ美味しいなら、一度、フィジャの働いているお店に行ってみたいですねえ。イエリオさんは行ったことありますか?」
「……ええ、何度か。パスタも当然美味しいですが、スイーツも美味しいんですよ、あそこは」
わたしが明るく話すので、イエリオさんも気にするのをやめたらしい。いつものような口調で返してくれた。
しかしスイーツか……。いいなあ。久々に食べたい。
シーバイズにいた頃は、果物のシロップ煮が主な甘味で、こう、ふわふわしたスポンジとか、生クリームとか、そういうものとは無縁だった。シロップ煮が主流な時点で、砂糖は別にそこまで高級ってわけでもないはずなんだけど……。不思議とケーキとかクレープとか、そういうものはなかった。
「今度、フィジャに頼んで連れて行ってもらったらどうです?」
よっぽと「甘いものが食べたい!」という顔をしていたのか、イエリオさんがそんな提案をしてくれた。
「頼んだら連れて行ってくれますかね?」
「喜んで連れて行くんじゃないですか? あなたのような方を、嫁だと自慢できるんですから」
そう言われるとなんだか恥ずかしくなってしまう。わたしみたいのが自慢になるのか……?
「うーん、まあ……頼んでみようかなあ」
イエリオさんとこうして翻訳作業をするのも二週間。流石にそのくらい経っていれば、わたしだって歩き回れるだろう。
今日、帰ってきたら頼んでみようかな、と思いながら、わたしは卵スープに口を付けるのだった。




