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手に取った資料は、師匠の魔法の研究書だった。悪筆で癖の強いこの文字は、間違いなく師匠のもの。
千年前の資料として渡されたものの中に、つい先日まで話していた相手の書いたものがまぎれているなんて。
本当に千年後に来てしまったのだな、と思い、わたしはどうにもさみしくなってしまった。どうしようもないことであるというのは分かっているし、もう、彼に会うことがないんだなと思うと、すごく寂しい。口が悪く、手足もすぐにでる師匠だったが、面倒見だけはいい人だった。
前世の記憶から、魔法に強い憧れがあるわたしを、なんだかんだ言いながらも基礎から叩きこんでくれた人だ。兄のような存在だったと思う。
しょんぼりとしながらも、師匠の文字を追う。――わたしも知らない、師匠独自の魔法を開発しようとしていたらしい。……していたらしい、というか、これもう完成してるな。
今、手に取っている資料では、途中までしかなかったが、幸いにも続きが段ボールの中に入っていた。先ほどの小説の様に、中途半端な状態で残っていた、というわけではないらしい。
「どうかしましたか?」
慌ただしく書類を探していたわたしに気が付いたのか、それとも丁度食事の準備が終わったのか(多分後者)、トレイに食事を載せ、イエリオさんが戻ってきていた。
「魔法の研究書です。わたしの師匠が書いたものっぽくて……。これは、うーん……」
そう言うと、イエリオさんが目を輝かせ始めた。たしかに、日常を知る過去文献も面白いが、魔法の文献、というのはさらに面白いんだろう。分かるよ。現在失われた技術、というのなら、なおのことだろう。
「この辺を見る限り、言語理解〈インスティーング〉……あ、えっと、文字ならなんでも読み解けるようになる魔法のことですね。それっぽいんですけど……」
でも、どうにも後半がおかしい。大体の魔法は、効果を改造するとき、ベースになる魔法の効果を強化するものがほとんどだ。もしくは一部の効果をすり替えるか、反転させるか。これみたいに、効果を『弱く』するものは見たことがない。
「言語理解〈インスティーング〉の下位互換はもうあるのに……」
言語理解〈インスティーング〉の下位互換は語彙増加〈イースリメス〉に当たる。効果範囲が読み書きだけでなく、会話だけに絞られているので。
でも、そういう感じじゃなさそうな……。
「もしかして、種類の幅を狭めよう、ってこと……?」
一度そう思ってしまえば、もうそうとしか思えない。言語理解〈インスティーング〉は、全ての言語に対して、読み書きと会話、聞き取りが出来るようになる。それを、言語の数を減らそう、という試みの様だった。
そして、既に言語理解〈インスティーング〉を使える師匠が、そんな無意味な魔法を開発していたことへの心当たりを、思い出した。
わたしが、言語理解〈インスティーング〉を習得したら絶対便利、と何度かごねて練習していたから。そのたびに無理、死ぬ、と満身創痍になっていたから。
それを見て、範囲が限定的になれば、わたしでも習得できるのではと、師匠が開発してくれたんじゃないだろうか。
――でも、わたしは今、初めてこれをみた。
ここまで開発出来ていたのなら、もう、わたしに話してもいい段階だったのだろう。もし、わたしがこちらに来ていなかったのなら、彼から直接、教えて貰えたんだろうか。
――もう、それも無理な話だけれど。




