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十回目の失恋記念、と称してイエリオやウィルフが用意してくれた酒が半分以上なくなったとき、珍しくまだ元気なイエリオが、「きょぉは、ほかにも、おみやげがあるんれすよぉ」と言い出した。随分と呂律が終わっている。
「じゃぁん! これぇ、さいきん、はんぶんくらいまれ、かいろくがすすんだやつれぇ」
「かいろく?」
「か、かりどく?」
あまりにも酷い呂律に、フィジャが突っ込んでいる。おそらくは解読だろう。
そう言うイエリオの手には、紙束があった。……それ、研究所外に持ち出していい資料なんだよね? たまに不安になる。
「なんと! なんでも、ねがいがかなう、まほうが、ぜんぶんめいにはあったんれす!」
「……へぇ?」
なんでも叶う魔法。それに最初に反応を示したのは、これまた珍しく、ウィルフだった。普段はイエリオの前文明の話なんて、散々聞き流しているのに。
「これれ、いらりのおよめさんを、おねがいしましょう!」
「……魔法に頼らないと僕のお嫁さんは見つからないんだ?」
まあ、事実だろうけど。
十回も告白して振られていれば、そう考えられてもおかしくない。
でも、きっと、僕が狐種で醜いという以上に、ただ、本当は猿種に生まれるはずだったのかも、というコンプレックスを解消するためだけに告白したのが、向こうにも透けて見えたのが、何度も失敗した原因だとは思っている。好きには好きだったけど。どこか本気じゃない。そんな僕に、相手を選び放題の女性が振り向いてくれるわけがない。
「――……どうせなら、俺らの嫁を願おうぜ。何でも叶えてくれるんだろ? 四人の嫁でいいじゃねえか」
「あはは、絶対ないよそれ」
ウィルフの提案に、フィジャが笑う。自分たちで言って悲しくなるものの、確かに僕たち全員を受け入れてくれる女性なんて、この世界に存在しないだろう。
しかし、全く魔法を信じないでからかう僕らに、唯一本当に魔法を信じているイエリオが、むっとした様子で「かないますよ!」と言った。
「ぜんぶんめいのまほうは、すごいんれすから! ほんとうに、かないますよ!」
ばん、とテーブルを叩くイエリオ。酔っ払っているからか、力の制御ができておらず、随分と派手な音が出たけれど、僕らにとっては今更気にすることもない。
まあ、でも、僕のためを思ってイエリオが持って来てくれたなら、馬鹿にするのも良くないか。
「じゃあ、お願いしようかな。……イエリオ?」
「……寝たね。まあ、今日は珍しく、もった方じゃない?」
ついさっきまで声を荒げて怒っていたのに、すこん、と寝落ちたらしい。フィジャがイエリオの手から紙束を取り、ペラペラとめくる。
「ふーん、何々……。願いを思い浮かべて、キリグラ、って唱えると叶うんだって。……簡単すぎない?」
本当にそんなので叶うの? イエリオ、騙されてない?
そう思うものの、イエリオの善意を無下にするのは忍びない、と思ったのはフィジャも同じだったらしい。
「じゃあ、ボクがイエリオに代わってやるよ。えー、ボクたちと結婚してくれる、可愛い女の子が現れますよーに! キリグラ!」
フィジャが声高々に言うが、何も変化はない。人が現れることも、その気配すら感じられない。
「……ほら、やっぱり魔法なんてないじゃねえか」
そう言って、ウィルフが一口酒を飲む。
「まあ、こうやって、皆が慰めてくれるだけで僕は嬉しいよ」
それこそ、それぞれ家庭を持ったらこうやって集まって、馬鹿騒ぎをすることも難しくなるだろうから、可愛い女の子と付き合いたい、と思う反面、どこかで、皆とまだ集まって酒を飲みたい、なんて考えてしまうのだった。