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さくっとその小説の翻訳も済ませ、癖で伸びをしてしまい、文字通り痛い目にあった。
「いててて……」
うーん、これも駄目なのか、次から気を付けないと。
片付けをしていたイエリオさんが心配そうにこちらを見てくる。
「大丈夫ですか?」
「まあ、それなりには。死ぬほど痛い時期はもう過ぎましたから」
入院していた頃は何をしても痛かったし、呼吸が嫌になるくらいだった。今は回復してきて、なにか特定の動きをしない限り、派手に痛むことはない。なんとなくすっきりしないな、ともやもやするだけである。
しかし肋骨を折るのがこんなに痛いなんて……。前世で読んだバトル漫画では、「これは……アバラが何本か逝ったな」なんて言って戦いを続行しようとするキャラもいたけれど、今、こうして肋骨を折った大変をした後だと、「正気か?」という気にしかならない。演出としてはかっこいいのかもしれないが、あんなこと絶対に出来ない。したいとすら思わない。
「昼食の準備は私がしますから、マレーゼさんは座っていてください」
温めるくらいわたしにだって出来る、と思ったけど、逆に言えば温めるくらいなのだからイエリオさんにもそう難しくないだろう。わたしは素直に甘えることにした。
片付けを終えて、キッチンへと向かっていくイエリオさん。カウンターキッチンなので、リビングに座っていても何をしているかはあらかた見える。ヤバそうだったら手伝いに行けばいい。
しかし、早速することがなくなってしまったわたしは、片付けられはしたものの置きっぱなしの段ボールの中から次のコピーを数枚取り出す。いや、疲れたのは事実なんだけどね。どうにも暇を持て余すのがもったいないというか。
別に読み上げるつもりはなくて、ただなんとなく、暇つぶしに眺めるだけである。昼食後の一発目に、また闇に葬りたいようなものが出てくるのも困るし。
しっかり読むのはどうせ後でやるから、と簡単に斜め読みを始める。売上報告書、祭りのお知らせ、違反者の罰金記録、ごみの分別表……わたしからしたら実にささやかでよく見るものばかりだが、こんなものまで歴史的文献扱いになってしまうのか。
まあ、これらから当時の生活を推測したり、構築されていた文化を読み解いていくのはイエリオさんの仕事のはずだ。わたしがそこまで考える必要はないか。
――と。
わたしは流し読みする手をぴたりと止めた。随分と見覚えのある文字に出会ったのである。
「これ……」
まぎれもない、わたしに魔法を教えてくれた、師匠の文字である。




