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ウィルフに、ぐらつく石を押すのを変わってもらうと、ハマっていた石が綺麗に向こう側に倒れる。ぽっかりと、通れそうな穴が出来上がる。
「ウィルフ……はギリそう。一番最後で。僕が先に行くよ」
そう言って、イナリが先に向こう側の様子を見に行ってくれる。
「大丈夫そう?」
わたしが聞くと、少し遅れて、「……魔物とか、危険なものはないよ」と返事があった。なんだかちょっと、反応が悪い。
どうしたんだろう、と不思議に思いながらも、イエリオ、フィジャとが続くので、わたしも穴をくぐって向こう側へ。
そうして、言葉を失った。これはイナリの反応が悪くなるのも分かる。
それほどまでに、壁の向こう側の景色が美しかったから。
広い、空洞のようになっているそこは、一面の花畑だった。天井が少し穴が開いているのか、外からの陽が少し入り込んでいる。花畑のある地面以外は地底湖になっていた。潮のにおいがあるので、もしかしたら海水なのかもしれない。その湖は少し、発光していた。
なんで光っているのか、とのぞき込めば、ぼんやりと見える湖の底に、何かが沈んでいる。確証はないが、シーバイズの金持ちが使っているような魔法仕掛けの照明のように見える。こんな時代になってまで光っているとは、相当強い保護系の魔法がかけられているに違いない。
そして、花畑の中心には、少し盛り上がって、祭壇のようになっている場所があって――そこには、墓石のようなものがあった。
湖の底に沈んでいる照明といい、きっと、あれが島長の墓なのだろう。
見事に咲いている花畑の中を進むのは少しばかり気が引けたが、ここで突っ立っているわけにもいかない。
心の中で謝りながら花畑の中を極力花を避けながら進み、墓石の前に立つ。
記憶の中にある、隣の島長の墓石に間違いなかった。
それに、表面に刻まれた『カナレフ島家の長、ここに眠る』と刻まれている文字がまぎれもない証拠だ。ちなみにカナレフ島というのが、わたしが住んでいた島の隣にある島の名前である。墓石の裏には、歴代島長の名前が彫られている。庶民は墓石の裏側には何も刻まないが、島長や王族は名を入れるのが決まりだ。
「これで間違いないよ」
わたしがそう言うと、「そうですか! じゃあ、始めましょう!」とウキウキでイエリオが言う。
そして――しばしの沈黙。
「……ねえ、ちょっと」
イナリに、少し責められるような口調で言われ、わたしは今更ながらに気が付いた。
島長への挨拶、具体的に何をやるのか分からないや、ということに。