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約一か月後。ようやく準備を整えて、花の洞窟方面へと向かうことになった。一か月の間、師匠がぐちぐち言ってくることもあったが、これでもう終わりである。
最初のうちは、師匠と日常的なやりとりが久々にできるのが本当はちょっとだけ嬉しくて、ちゃんと全部に対応していたのだが、流石にそれがずっと続くとうっとうしくもなってきた。転移魔法を失敗したわたしが悪いので、無視するようなことはしないけど、ちょっと大人しくならないかな、とは思う。
「マレーゼ」
出発するかあ、という前日。師匠が家――というか、店に姿を現した。なんだか大きな木箱を持って。
「何ですか、これ」
「野菜だよ。マレーゼの魔力の回復が悪そうだったからねえ。お前はいつも、ぼくの、作っていた野菜を食べていただろう?」
そう言う師匠から木箱を受け取って中を見ると、色々な野菜が詰め込まれていた。ちらほらと、懐かしい見た目の野菜もある。これ、昔シーバイズで育てられていた奴かな。こっちでは見なかったんだよね。イエリオが喜んで食べそう。
『ぼくの』という言葉が強調されていたような気がするけど、性格に言えば、師匠と一番上の兄弟子と、二人で作っていたでしょうが……。
でも、魔力の回復がなんか遅いことは事実なので、ありがたくもらっておこう。
師匠のところで研究していたときは、よく師匠が作った野菜を使って料理をしたり、野菜そのものを貰って帰ることもあった。というか、ほぼ毎日そうだった。
やっぱりあれが魔力回復の源だったかあ、なんて思っていると、横からフィジャの手がひょいと伸びて、木箱を持っていく。
「どうも、ありがたく貰っておくねえ。責任もって、ボクが、全部料理して食べさせるから」
……フィジャもなんだか、『ボクが』を強調しているような気がする……。
表面上は穏やかなはずなのに、なんだかすごく、バチバチしているような……。
「……師匠、野菜をくれたからって、別に恋愛的好感度は上がりませんからね?」
一応、釘を刺しておいたけど、そっぽを向かれた。舌打ちをされたのは、多分、空耳じゃない。
まあ、ウィルフやイナリがいるとはいえ、魔力が万全な状態で挑めるのなら、それに越したことはない。二人がいれば大丈夫だとは思うけど、万が一、ってこともあるし。変態〈トラレンス 〉を維持して、ちょっとした魔法しか使えないような今じゃ、不安だし。
「……本当に行くの?」
「貴方が言い出したんでしょうが」
今更何を言うんだこの人。
師匠が、わたしの横の髪を触り、避け、顔を見てくる。
「帰ってきたら、ちゃんと、顔を見せに来るんだよ」
離してください、と言おうと思ったが、師匠の顔を見てやめた。
「……分かってますよ」
今度はちゃんと、帰ってくるに決まっている。
余談だが、「じゃあイエリオと一緒に言いに行きますね」と、どうせ一緒の職場なんだからと思って言ったら「間男はいらない」と言われてしまい、フィジャとわたしとで、またひと悶着あったのだった。
なんでこの人は余計なこと、黙っていられないのかな。