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島長の挨拶……っていうと、千年前、シーバイズで行われていた、シーバイズ式の結婚のこと? なんで急にそんなことを言いだしたのだろうか。もしかして、今日の文献は、シーバイズ式の結婚に関するものだったのかな?
そんなことを思っていると、ぬ、とわたしとイエリオの間に、手が割り込んでくる。
「近い、離れろ」
そう言ったのは、まぎれもなく猫耳を生やした師匠で、わたしは思わず二度見をしてしまった。なんでいるの。
「え、ししょ……えっと、え? なんでいるんです?」
思わず師匠、と言いそうになって、わたしは口をまごつかせる。一体何の師匠なのか、と周りの研究員に問われたところで、わたしは答えられない。
よく見れば、師匠も白衣を着ている。まるで、研究員のように。
「ここの研究所に入ったからだ。いいから離れろ。こっちにこい」
そう言って師匠が案内したのは、部屋の奥にあるスペース。わたしが手伝いに来るときにいつも使う場所。テーブルの上に書類や段ボールが置かれているので、ただでさえ他の人の視線が集まらないようなところにあるのに、余計に追いやられた感じになっている。
「入ったって……え、ここに就職したんですか?」
師匠の言葉を飲み込みながら、わたしはソファに座る。いつもならイエリオが隣に来てくれるのだが、師匠が間髪入れずにわたしの隣へと座った。わたしはちょっと嫌だったのだが、イエリオは特に何も思っていないのか、普通に向かいのソファへと腰を下ろしたので、わたしは抗議するのを諦める。
「そうだ。お前が責任を取れと言ったんだろう。……なんだその顔は。言っておくが、ちゃんと試験を合格して入ったからな」
いや、まあ、師匠ならここの研究所の試験は楽勝だろう。もとより千年前のことを直に体験して知識があるわけだし、そうでなくとも元々頭がいい人だから。文字だって、わたしと違って言語理解〈インスティーング〉を問題なく仕えるから、すぐに読めるようになったはずだ。
「いえ、その……責任を取る、と言って、ここに入ることにつながるとは思わなくて……」
あと、何なら本当にもう会えないと思っていた、とは言わないでおく。二度あることは三度ある。多分、今後わたしと師匠が再び会うことはない、みたいな雰囲気で別れたとして、きっと数日もすれば師匠に会うタイミングがやってくるのだろう。
それこそ、わたしが寿命で死ぬでもしない限りは。
「あの熊兄弟の願いを叶えるのなら、ここに入るのが一番楽そうだったからな。それにクオッカ男もいる」
クオッカ男……オカルさんって、クオッカの獣人だったのか。
「……そう言えば、結局、ベイカーさんたちの願いって、何だったんです?」
わたしはつい、気になって聞いてしまった。
「なんてことない。あいつらは、魔法という存在を実在する技術として残したかっただけだ」
思いもよらない言葉に、わたしは「えっ」と間抜けな声を上げてしまった。