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これでオカルさんが堂々としていれば、文句の一つや二つ、言いたくもなったかもしれないけれど、わたしが言うまでもなく、本人がこの結果に思うところがあるような、複雑な表情をしていれば、そこまで深い仲でもないわたしは、彼を糾弾することができないでいた。
「今回と前回の件でしょっぴかれたとしたら、今後の人生死ぬまで牢屋暮らしだと思うんで、まあ、捕まんないのがラッキーって気持ちがないわけじゃないんすけどねえ。ただ……」
「ただ?」
「……もし、これから先、自分が結果を残したとして、それって、本当に自分の研究や企画商品が素晴らしいからなのかなって、思っちゃったんすよねえ。全部、上の都合で決められて、内容の良し悪しなんて二の次なんじゃないかって」
「知らなくていいこと知って、考えなくていいこと考えちゃった気分っす」とオカルさんは言う。
「ある種、それがオカルさんへの罰かもしれませんね」
わたしがそう言うも、オカルさんが反論することはなかった。
たとえ刑法にのっとった罰でなくとも、オカルさんが今回の一件に対して、思うところがあるというのなら、わたしがこれ以上責めるつもりはない。人の生死を一番に考えて、他人にも博愛の気持ちでいるのなら、わたしはウィルフがジェルバイドさんを助けようとするのを止めただろうし。
「ま、だからって自分の成果を認められるのを諦めるわけじゃないっすけどね。あそこまでして求めたものを、なんか違うからやっぱやめる~なんてそれこそ極悪人じゃないっすか。……どっかの誰かさんみたいに」
どこの不老不死者だろうな……。
「それに、新しくやらなきゃいけないことも増えたんで」
そう言って、オカルさんが顔を上げる。こちらを見ないので、横顔でしかないが、ようやく顔を見れた。表情は分かりにくいが、目元に濃いクマができているのが分かる。
きっと彼なりに悩んでいたのだろうと思うと、わたしはこれ以上、話を深堀りすることをやめ、彼の話題転換にのることにした。
「新しいこと、ですか?」
「あんたには関係ないことっす! ……それより、今日何しに来たんすか?」
「……あ!」
オカルさんとすっかり話し込んでしまったが、今日はイエリオに頼まれて、シーバイズ語の翻訳に来たんだった!
オカルさんと別れ、わたしは慌てて廊下に出て、イエリオのいる部署へと向かう。一応来客用の札を首から下げているけれど、ほとんど顔パスみたいになっているので、わたしの姿を怪しむ人は誰もいない。
「ごめんなさい、遅れました!」
言いながら、部屋に入る。
「マレーゼさん!」
わたしを呼ぶイエリオの声音が、少し怒気をはらんでいる。腕時計をつけていないから正確な時間は分からないものの、よっぽど約束の時間を過ぎてしまったのか、と不安になったのも一瞬。
「島長への挨拶、とやらも私達にさせてください!」
わたしの方へ駆け寄り、手を取って、イエリオが大声で言う。
思ってもみない言葉に、わたしは目を瞬かせることしかできなかった。




