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思わずぽかん、としてしまったが、間違いない。すぐ隣に、師匠がいる。
「な、なぜここに……」
もう会えないとばかり思っていた。きっと、あれが最後なのだろうと。
しかし、わたしの動揺など知らないのか、それとも分かった上で無視したのか、「ディンベルの捕獲魔法を完全に消し去って自由になったからな。お前を口説きに来た」と、さも当たり前と言わんばかりに笑いながら言った。
「取り合えずその白衣を取れ。他の男の服を着ているのは不快だ」
「不快って言われましても……」
というか、これって着ているに入るのか? 頭からかぶってるだけなんだけど。
「にん……人の姿だとここにはいられないんです。取って欲しいなら変態〈トラレンス〉でも使って見せてくださいよ」
「うん? ……ああ、そう言えばこの間の君には猫耳が付いていたな。今はそうなっているのか。どれ。……変態〈トラレンス〉」
師匠が軽く指を振る。頭を触れば、確かにそこには猫耳が戻っていた。「ついでにぼくも」ともう一度変態〈トラレンス〉を使って動物の耳をはやしている。
「えっ……まほ……っ、使って?」
魔法を使って、とはっきり言うことは流石にためらわれて、少し口ごもりながらも、わたしは師匠に問う。この空間じゃ、魔法は使えないんじゃ……。
「ああ、お前のまともに回復できていない魔力じゃあっという間に尽きるだろうね。この程度の濃度じゃ、ぼくの魔力が尽きることはないよ」
そう言えば、オカルさんも、獣人は元に戻らないって言ってたな……。えっ、わたしの、こっちに来てからの魔力の回復量、失敗した魔法の残りカスみたいな魔力しか戻ってなかったってこと?
「ところでぼくもお前と同じ猫耳にしてみたんだけど――っ、と」
わたしは背後に引っ張られ、代わりにイナリの拳が、師匠を殴ろうとしていた。それを師匠はぎりぎりのところでかわす。
「あんた、誰?」
わたしをかばうかのように抱きしめる、イナリの片腕に酷く力が入っている。
つい、いつものように師匠と話をしてしまったけれど、冷静に考えたら、このタイミングで現れた彼が怪しく見えないわけがない。ましてや、わたしを狙う人が、オカルさん以外にもいるんだから、その誰かだと思うのも無理はない。
「……マレーゼを離せ間男が」
「は!? 間男じゃないですけど!? ていうかどっちかと言えば師匠が間男……」
「おや、間男にしてくれるのか?」
「しない! 絶対!」
わたしと師匠が言い合っていると、「マレーゼ?」と、ちょっぴり怒ったようなイナリの声が背後から聞こえてくる。
そうだ、こんなときにこんな会話している場合じゃないんだった……。