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「コルテニアの布を覚えていますか」とイエリオが言う。急にどうしたのだろうと思いつつも、わたしは素直にうなずいた。イエリオが、過去の文献を読み解き、商品化にこぎつけた布。わたしたちはよく前文明や魔法の話をしているので、その話題の一つに過ぎないけれど、流石にこれを忘れることはない。
「初めて商品化した、と言いましたが、あれはあの研究所に入って、一か月ほど経ってから、企画を出したんです。実際に商品になったのはもう少し先ですが」
「い、一か月……!?」
あまりにも早すぎる期間に、わたしは思わず変な声を上げてしまった。一か月なんて、まだ仕事場に来ること自体に慣れる時期だろうに。
「まあ、企画案自体は、元々研究所に入る前から作ってましたから。お金さえあれば実際に作ってみて商品化にできるような案がいくつもありました」
イエリオの実家は裕福で、それなりの金額を小遣いとしてもらっていたものの、どれもその範囲に収まらないだけの予算が必要だったのだとか。まあ、実際、ゼロから物を作るとしたら、結構なお金がかかるもんね。
「企画書の出し方を教わる際に、せっかくなので私の案で書かせてほしい、と言ったんです。そうしたら、たまたま採用されてしまった。それがコルテニアの布。それから、私は普通に企画を出すようになりました」
いくつも企画案があって、それがコルテニアの布くらい使い勝手のいいものなら、おかしな話ではないかもしれない。
「いくつも商品化をしたり、そのために読み解いた文献で新事実を発見したり。私は色々分かりやすいものを残したわけですが――オカルは違いました。ある意味、私は例外だと思うのですが、オカルは、私以外の同期の中でも、一人だけ、実績がなかったんです」
「あ……」
次々に実績を残す人間が同期に一人いて。明らかにそれが異常だと分かりつつも、いつかは、と考えて。でも、結局、周りの、スタートラインが同じだった人にまで先を越される。
そう考えたら、オカルさんの欲しかったものは一つ。
研究所の人間としての実績。
「私としては、私達の勤続年数で研究チームの副リーダーに選ばれることが多いというのも十分有能だと思うんですけどねえ。私なんか、一生できる気がしません」
……それはそうでしょうね。人をまとめたり、上手く采配する能力がイエリオにあるとは思えない。チームメンバーをほっぽって文献を読み漁ったり、自分基準の量の仕事を課したり、勝手に全部やっちゃうような姿しか想像できない。
「彼のこの研究が認められた少し後。イヌという、愛玩用に調整された魔物が隣の街で流行り出しました。知っていますか?」
「え? ああ、うん。前にウィルフと隣街に行ったときに見たよ。……見た、けど……」
――弱体化。魔物として弱くなる。
ペロディアを飼いやすいよう弱体化させたのがイヌ。ということは――オカルさんの研究が使われている、ということなの?




