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でも、あのサイズで無害化、って言えるんだろうか? 確か、前の『壁喰い』が駆除されたときは、防御力が異常に高いものの攻撃性がないため、すぐに倒せなかった、と言っていたはず。そこだけ見れば弱いのかもしれないけど、あの大きさなだけで脅威じゃない? しかも、何でも食べるから街を囲うあの壁を食べられただけで非常に厄介な気がする。
「もしかしたら、この研究がどこからか漏れたのかもしれませんね。弱体化させる過程で魔物の皮膚が硬くなるそうなので、物理的攻撃には強くなってしまいますが、毒や火で攻めるのがいいそうです。まあ、市街地ではそのどちらも難しいですが。……どうかしました?」
「あ……えっと」
イエリオにとっては、オカルさんの研究を、第三者が悪用したように見えるのだろう。
しかし、オカルさんの本性を知っているわたしからしたら、オカルさん本人がやったことなのでは、と思ってしまう。何かの目的のために、わたしたちを誘拐することに手を貸した人だ。目的があれば、罪を犯すことができることを、わたしは知っている。
そのことを、同僚を信用しきっているイエリオに言ってもいいものなのか。
この期に及んで、わたしの迷いは晴れなかった。
――……とにかく、避難させないと。
オカルさんのことを伝えるにしても、それはここじゃなくて、安全を確保した後でも言えることだ。
「……見つかったなら、避難しよう。ここも危なくなるかもしれないし。話は、冒険者ギルドの支所の安全なところで、……いくらでもできるんだから」
わたしは自分に言い聞かせるようにして、イエリオに伝える。その言い方に、思うところがあったのか、イエリオは「それもそうですね」と素直に聞いてくれた。
床に散乱した紙を軽くまとめてから、オカルさんの論文をまとめた紙束だけを持って、部屋を出る。
一階に下りていけば、既にウィルフの姿はなく、フィジャもイナリも準備を終えていた。
すぐに来なかったことに対して、少し小言をもらってしまったが、イエリオが家にちゃんといたことに、二人とも安堵していた。ここでいなかったら、探しに行かなきゃだったし、その先で無事とも限らないし。ましてや、前回、今みたいな状況で死にかけているわけだし。
ウィルフがちゃんとベイカーさんたちを追いやってくれたのか、そしてまだこちらの方には魔物が来ていない状況で早い避難ができたからか、何に、誰に鉢合わせることもなく、わたしたちは冒険者ギルドの支所へとたどり着くことができたのだった。




