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さっきウィルフがまいて逃げてきたのに、もう追いつかれたのか、と思ったけれど、ドアを開けたのはベイカーさんではなく、イナリだった。
「皆、無事!?」
息を切らしながらも、絞り出すようにイナリは聞く。怪我はないけどベイカーさんの一件もあって無事と言い切れないことと、イエリオの安否をまだ確認していないことを伝える。
「ベイカーが? ……マレーゼ?」
全然、師匠との関係が解決してないじゃん、と言いたげな顔で、イナリもこちらを睨んでくる。いや、だからそれはわたしが言いたいくらいなんだって。
それにしても、その言い方、ベイカーさんとは知り合い、なんだろうか。少なくとも全く知らない誰か、ということではなさそうだ。
「知ってるの?」
「……冒険者歴がそんなに被ってるわけじゃないから、顔見知り程度だけど」
ベイカーさんが冒険者の副業を始めた少し後にイナリは冒険者を辞めたらしい。ただ、一切知らないということはなく、顔を合わせれば挨拶をして、軽い雑談をする仲だったという。
「……そのくらいの仲じゃあ、彼たちが何を望んでるのか、なんて分からないよね……」
シャシカさんのように、そもそも師匠と協力関係を結んだときの願いが無効になれば、わたしを諦めてくれると思ったんだけど。『壁喰い』がいる今、ベイカーさんの相手ばかりをしていられない。街の中に魔物が入ってくるのは時間の問題だ。
「……とにかく、イナリが帰って来たんだ。イエリオを確認して、逃げてくれ。俺はベイカーをどうにかした後、警護団に戻って仕事に行く」
どうにか、というのが、曖昧で少し怖いけれど、まあ、ウィルフなら負けることもないだろう。
「じゃあ、わたしがイエリオを確認してくる。すぐ戻るから、二人は戸締りとか、避難の準備してて」
わたしはそう言い残して、駆け足でイエリオの部屋まで行く。廊下の窓からちらりと外を見るが、まだこの辺りに魔物はいなさそうだ。ベイカーさんたちの姿もない。
そのことに少し安堵して、わたしはイエリオの部屋の扉を、少し乱暴に叩く。もし文献に夢中になっているか、寝ているかしていたら、普通にノックをしたくらいでは気が付かれないからだ。
でも、反応がない。
「イエリオ、開けるよ? 緊急事態だからね、開けるよ?」
大声で言ってから、わたしは扉を開ける。
部屋に、イエリオはいた。無事、っぽい、けど……。
「な、何してるの……?」
イエリオの部屋には、書類が散乱し、彼は一心不乱にそれを読み進めていた。まるで、何かを探しているかのように。




