表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

460/493

454

 あの日見た個体とは、少し色味が違う。壁の距離を考えても、少し大きい。でも、まぎれもなく、『壁喰い』。別個体の、同じ種族だろう。

 早く避難した方がいいのでは。壁が壊されたのなら、あの日のように、外にいる魔物が中に入ってきてしまうだろう。ここにいるわたしたちだって、普通に危ない。


 それなのに、ベイカーさんたちは焦る様子もない。

 まるで、こうなることを、知っていたかのように。


「――マレーゼ」


「イナ――ッ」


 イナリの声が、背後から聞こえてくる。仕事は、と聞くより、安心感の方が強かった。


 でも、振り返って、そこにイナリはいない。

 いたのは、一匹のフェネックに近い生き物だった。


 理解が追いつかない。でも、まぎれもなく、イナリの声は、その、フェネックもどきから出ていた。猫がニャアと鳴くように、犬がワンと吠えるように、そのフェネックもどきは、イナリの声でわたしの名前を呼んでいる。


「しゃべる、魔物……?」


 そういう魔物がいると、イエリオから教えてもらったのは、いつだったか。

 わたしは今日、イナリの姿を見ていない。ウィルフの忘れ物を届けてあげて、という声しか聴いていない。


 一体、いつから――この魔物が、わたしの側にいたのだろうか。


「貴女の夫があの蛇種の患者だけじゃなくて助かったよ。彼、家に店を構えたんだろう? そんな相手の声を覚えさせたところで、すぐにおかしいと思われるだろうからね」


 確かに、先ほど、ウィルフの忘れものを届けるように言った声がフィジャのものだったら、家を出るときに話が食い違って、違和感に気がつくことができただろう。

 ベイカーさんの隣に立つ男が、「おいで」というと、フェネックもどきは、迷う素振りを見せないまま、彼の足元にすり寄っていく。

 明らかに、飼いならされている。


「どうして、こんなこと……」


 わたしがおびき出されたのは、もう、疑いようがない。


「お前を人質に、あの男にもう一度交渉するんだよ。あの男、お前を探すために、世界を滅ぼしたんだろう? なら、お前に危険が迫っているとなれば、俺たちの言うことも聞くだろう。……お前が、あの男が探していた女だと、もっと早く気が付けていれば……」


 ベイカーさんの目に、迷いはない。彼は、彼らは一体、師匠に何を言われて、何を願って、協力をしていたのだろうか。


「――ッ、マレーゼ!」


 ウィルフの焦ったような声。パッと手首にかかる圧が消えたかと思うと、一気に後ろへと引っ張られる。一瞬にして、視界が、ウィルフだけになった。

 ウィルフの広い背中が、ベイカーさんから、わたしを守ってくれている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ