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また失敗したらどうしよう。最近、魔力の回復量も分かりやすく減ってきているし。得意な魔法や使い慣れている魔法ならともかく、苦手な転移魔法は失敗してしまいそうだ。仮に失敗しても、魔力がないから、そう遠くまでは行かないだろうけど……。でも、わたしのパッと使った転移魔法で、千年もの時を経てここに来ている、ということは、もしかしたら千年はなくとも、百年、二百年くらいは誤差が出るかも……。
二度と使いたくないと思った転移魔法だけど、東の森を抜けることを考えたら……とちょっと迷ってしまったけど、やっぱり、まだ東の森を抜けた方が現実的だったりする?
「……マレーゼ。どこへ帰るつもりだ?」
「え?」
わたしが悩んでいると、師匠がわたしに問うてくる。
「調査隊のテントがある近くで、人がいないところ……」
「ぼくが飛ばしてやろう」
まさか師匠がそんな提案をしてくるとは思わず、わたしは思わず「は」と間抜けな声をこぼしてしまった。
「ちゃんと帰す。お前を守るためなら、人を殺すのも、世界を滅ぼすのも、苦じゃないが――お前の心が魔法で変わったわけではないなら、ぼくにはどうしようもない。もう、全てが遅いが……ぼくは師匠として、お前の前で恰好つけたいだけだよ」
「…………」
「言葉通り、お前のためならぼくは何でもできる。でも――お前に嫌われたら、意味がない」
さっきまでは、イエリオたちのことを殺すとまで言っていたのに。師匠の言葉に力はなく、けれど同時に、それが嘘でもなんでもないことは、彼の顔を見ればはっきりと分かって。
「ほら、そこのウサギをしっかりとつかんでおけ」
「――……分かり、ました」
わたしはベッドに乗り上げ、イエリオを抱きかかえる。重たくて、身体強化〈ストフォール〉を使っていない身では持ち上げることができないが、絶対に離さないと、強く抱きしめた。
「ばいばい、マレーゼ。せいぜいぼくのいないところで幸せになってくれ」
「――……し、しょう」
「ちなみに、ぼくはいつでも乗り換えてもらってかまわないよ」
「ししょう……!」
最後までしまらないなあ、この人……! と思いながらも、師匠が、あまりにも、ついこの間、シーバイズにいた頃のように笑うものだから、わたしはもう、何も言えなくなってしまった。
「それじゃ、身体に気を付けるんだよ。――送転〈ライゼルング〉」
ぱ、と一瞬にして、わたしの視界は切り替わる。じめっとした地下室から、外の、草原へと転移していた。日が落ち始め、薄暗くなっている。
遠くから、わたしと、イエリオの名を呼ぶ、研究員の声が聞こえる。きっと、オカルさんが、わたしたちがいなくなったと、誤魔化した報告をしたのだろうから、そのせいで、わたしたちを探しているに違いない。
オカルさんは別としても、何も知らない研究員には心配かけているだろうから、早く戻らなきゃ。
そう思うのに、何故だか、わたしは立ち上がれないでいた。
男として見れなくとも、本当に敬愛している人だったから。
たとえ師匠とあのまま対立し、万が一、殺しあうようなことになったとしても。再び会えたのは、本当は、少しだけ、嬉しかったのだ。




