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「……でも、ここからだと少し遠くないですか?」
東の森はシャルベン側から行った方が早い。わたしたちが今回調査に来た塩湖は、西の平原――つまりはディンベル邸の方が近い。さっきのオカルさんは信用に足ると思っていないけれど、もし、彼が言っていることが本当なら、ここは塩湖からそう遠くない場所にあるはず。だって、夕方の点呼に間に合うのだから。
そう思ってわたしが尋ねると、師匠は呆れたようなため息を吐き「本当にお前は魔法使いの才能がない」と笑った。
「このぼくが徒歩移動するように見えるか?」
「……し、シーバイズにいたころは比較的歩いてたじゃないですか」
「それはお前と共に出かけられるからだよ」
暗に、魔法で移動している、そんなことも気が付かないのか、と馬鹿にされた気になって言い返したが、更にとんでもない発言で黙らされてしまった。
「お前が気が付いていないだけで、この世界には、この家に繋がる魔法陣がいたるところにある。――……ああ、いや、ディンベルの家は見つけていたか」
「ディンベル……、えっ、あの屋敷、本当に兄弟子の奴なんですか?」
わたしが見つけたディンベル邸。イエリオと共に探索した、あの廃屋敷。ディンベルなんて、シーバイズによくある名前だから、読み取り切れない表札を諦めて『ディンベル』にしてしまったが、正解だったらしい。……なんでこのことを知ってるんだろう。あのとき、師匠もどこか近くにいたのだろうか。シャシカさんの件もあるし、もしかして、結構筒抜けだったりする?
「そうだ。本当はシーバイズ式の家を建てたがっていたが、設計図が分からなくて諦めたらしいな。ロナが家を建てたことがあると言っていたから、その知識を借りたんだろう」
「そんなことまでしたことあるんですか、あの人……」
野生児たる姉弟子は、山を登り、野をかけ、自由奔放に生きていて、獣や山菜を狩ることに長けていたけれど、そういう知識があったとは思わなかった。……本当に、サバイバル生活に強いな、あの人。
「……あの、兄弟子とか、姉弟子って……」
「死んだよ」
「……こ、殺してないですよね」
「寿命だよ。何年経ってると思ってるんだ」
いや、分かってるけども。でも、師匠とこうして話をしていると、ひょい、と姿を現しそうな気になってくる。生きているわけがない、生きている師匠が異常なのだ。
少しだけ、もしかして、皆も生きているんじゃないかと思ってしまって。
ただ、ちょっと、さっきまでの師匠が、イエリオを殺すことになんのためらいも見せていなかったから、同時に、もしやと考えちゃっただけで。
「帰るなら、そのまま地上から出るのではなく、転移魔法を使って帰るといい。ぼくはここから――この家から出られない。その男を担いで、東の森を抜けるのは大変だろう」
「そ、それはそうですけど……」
わたしが口ごもっていると、「ああ、男を置いて行ってもらってもいいよ」と朗らかに言う。
「絶対、おいてかないです!」
おいてったら師匠、殺しちゃうでしょ。
でも、転移魔法……失敗しそうで怖いんだよなあ……。
さっき、精霊に失敗のお墨付きをもらってしまったわけだし。




