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その悲痛な叫びに、わたしは驚いて思わず足を止めてしまった。
「い、今の……何?」
「マレーゼさんには関係ないもんっすよ」
バッサリと言い捨てられてしまった。気になる、けど、でも、今はイエリオの安否が一番だ。流石にあの悲鳴がイエリオのものだとは思っていない。明らかに、なにか、動物のような声だった。……この世界に、動物はいないけど。
すたすたと先に行ってしまうオカルさんの後を、わたしは小走りで慌てて追った。……少し前まで、わたしはオカルさんのことを明るくて気さくな、イエリオの同僚だと思っていたけれど。今のオカルさんは、そんな印象を抱かせた雰囲気が、欠片もない。
「さて、ここっす」
長い廊下の行き止まり。そこに、扉は何もない。
ふざけないで、と言おうとすると、オカルさんがしゃがみこんだ。彼が床に手をやると、淡く一部が光る。……魔法陣だ。
その淡く光った魔法陣の部分にオカルさんが手をつけ、持ち上げるように腕を動かすと、それに床がついていくように、一部分が扉となって、床が開く。……師匠の家の地下室で見た、仕掛けと一緒だ。
特定の人物が触れると、魔法陣が現れ、その魔法陣がドアノブのような役目を果たし、さっきまで何もなかったように見えた場所が扉のように開く魔法。複数の魔法が組み合わさっている、魔法使いが編み出した魔法だと、師匠は言っていた。
……なんだか、酷く、嫌な感じがする。さっきから、見かける細部が、どうも師匠の家の地下室を思い出させる。あの人の家にこんな場所がないのは知っているけど。
そのせいか、薄気味悪い場所なのに、なんとなく、懐かしさのようなものも少し感じていた。
「どうぞ、降りてください」
開かれた床の穴を覗き込むと、梯子のようなものが下に伸びている。
「……オカルさんは、降りないんですか」
「自分はここまで連れてくるのが役目なんで。実験体の様子を見たら、自分は調査班の方に戻る予定っす。そろそろ点呼の時間ですし、『イエリオたちがいない~』って一応報告しておかないと」
……点呼の時間は十八時だったはず。今はもう、夕方なのか。早く、イエリオを連れて早くここを出るか、安全な場所を探さないと。夜になったら流石に簡単には動けない。
それにしても、演技がかったような報告の言葉が妙に腹立つ。
降りるのは怖いが、この先にイエリオがいるかもしれないのなら、ひるんでなんか、いられない。
わたしはおそるおそる、梯子を使って降りる。
その先は部屋になっていて――すぐ目に入る位置にあったベッドの上に、イエリオが横たわっていた。
「――イエリオ!」
わたしは声を上げながらベッドに駆け寄る。拘束はされているが、怪我らしい怪我は見当たらない。……、脈はあるし、息もしっかりしている。意識はなさそうだが、表情は苦しそうでもなんでもないし、眠っているだけ……だろうか。
手を握ると、ちゃんと温かい。――大丈夫、生きている。大丈夫。
安心して、息を深く吐き――。
「ぼくに気が付かないなんて、酷いなあ」
背後から聞こえてきた、懐かしい声に、わたしは思わず、勢いよく振り返っていた。




