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見知った顔に、ほっとする。もしかして倒れたわたしたちを助けてくれたんだろうか。同じ班だったし。
もしかしてここは研究所の施設かなにかなのかと聞こうとして――ぎくり、と体が固まった。
イエリオのように、普段から白衣を着ている彼。その彼の白衣の裾に、べっとりと、赤いものがついていた。赤い染みは、ほんの少ししかついていないのに、付着しているのが白衣だからか、やけに目立って見えた。
赤。赤黒い、なにか。
さっきまで、オカルさんの姿を見て安心していたのに、赤いものを見てしまってから、途端に不安になってきた。――イエリオは、どこ。
わたしが何も言わず、ただ白衣についた赤を見ていたからか、オカルさんがわたしの視線をたどって、彼もまた、白衣についたものに気が付いたらしい。
「あー、これは……まあ、大丈夫っす。イエリオのとかじゃないっすよ」
イエリオとかのじゃない。わたしが想像してしまった嫌な予感を、否定するどころか補完してきた。何にも安心できない。
「自分は別に、イエリオの担当じゃないんで」
――その言葉に、血の気がさっと引くのが分かる。手から血が抜け、立っているのがやっとだ。
担当――担当じゃない、って、何? そんなの、まるで、彼以外にはイエリオの担当がいて、その担当は、彼のように、白衣に赤が――血が、つくようなことをするみたいな、言い方。
「――っ、イエリオは!? イエリオはどこ!?」
わたしは気が付けば、オカルさんの胸倉を掴んでいた。でも、すぐにバシッと手を弾かれる。……身体強化〈ストフォール〉を使っていないわたしの力なんて、こんなものだ。その辺の女性となんら大差はない。
「慌てなくたって連れてってあげますよ。起こして連れてくる為に自分はここに来たんすから」
わたしが掴んだ胸元を正しながら、オカルさんがだるそうに言う。こちらを見る視線は冷たいもので、ついこないだまで笑っていた姿が思い出せなくなるほどだ。
姿かたち、声は同じなのに、別人にしか見えない。
「んじゃ、まあ、案内するんで。自分の後、ちゃんとついてきてくださいね」
そう言って、彼は部屋を出る。わたしもその後に続く。急な豹変ぶりは怪しいし、どこまで信用できるか分からない。
でも、仮に案内するというのが嘘だとしても、わずかでも本当の可能性があるのなら、わたしはそれにすがるしかなかった。あの部屋でおとなしくしていられるわけがない。
部屋を出ると、石造りの廊下が伸びていた。壁には、魔法じかけの照明が設置されていた。よく、地下室で使われるタイプのやつだ。師匠の家の地下室にもあったやつだ。
……ということは、ここは地下? 確かに部屋には窓がなかったし、この廊下にもそれらしいものはない。少なくとも、見える範囲には。
警戒しながら、わたしはオカルさんの後を歩く。少しでも場所の情報が得られないだろうか、と考えていると、キャイン! と犬の悲鳴のようなものが、廊下に響いた。