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数十分後。わたしはイエリオと無理にでも手を繋がなかったことを後悔していた。
目についたもの、気になったもの全てに近寄って、あちこち動き回るのである。
――幼児か!? じっとしていられない幼児なのか!?
前回のディンベル邸のときはまだ落ち着いていたから、わたしを置いて行くようなことはないだろう、なんて思っていたけれど、その考えは甘かった。前回おとなしかったのは、場所が場所だからである。あのボロボロの館で、今のように動き回っていたら大変なことになるから、最低限の行動をしていただけなのである。
「マレーゼさん! あれは何でしょう!」
目をきらきらさせているイエリオ。楽しそうだけど、わたしの方へとくる様子はない。「ちょっと待って!」とわたしは叫び、へろへろになりながらイエリオの元へ向かった。
切実にリードかハーネスが欲しい。首輪が結婚指輪の役目を果たしている、獣人の世界でそんなことは言えないけど。
あちこち動き回って楽しそうなのはなによりだが、はぐれたら戻る自信がないので、ついていかなきゃ、と必死になった結果が息切れである。まだ塩湖について一時間くらいしか経っていないのに、すでに体力を使い切った感がある。
「はぁ……どれ?」
わたしはようやくイエリオの元について、深く息を吐いた。
イエリオの性格も仕事も分かっているからしょうがないとはいえ、もうちょっとセーブしてほしい。夕方まで持たないよ。
なんて考えてしまっているわたしに気が付かないイエリオは、満面の笑みで「荒れです!」と少し先の地面を指さした。
「……魚?」
キラキラと鱗が光っている魚。もしかして、塩湖から魔物が狩ってきた魚だろうか、と、わたしは辺りを見回す。魔物の気配はしないし、分かりやすく、巣のような物はない。
「食べられますかね?」
「えぇ……いつ死んだかも分からない地面に落ちてる魚を食べようとするのは好奇心がすぎるでしょ。ていうか、危ないからあんまり近寄らない方が――」
興味深そうに魚を見ているイエリオを引き離そうと、わたしも魚に近付く。
魚と目が、あった。
――……というか、この魚、見たことがある、ような……。
思わず指でつつくと、びちん、と尾びれが動いた。
「まだ生きてるんですか。凄いですね」
しぶとい、とでも言いたげにイエリオが言う。
わたしの記憶が間違っていなければ――……。わたしはそのまま尾びれをひっつかんで、魚を持ち上げた。わたしの手の指先から、肘くらいのサイズの魚。
見覚えの、ある、魚。
「もしかしてだけど……ピスケリオ?」
わたしが名前を呼ぶと、やあ、とでもいうように、魚が胸びれを振った。