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ぎこちなく振り返るイナリとは対照的に、イエリオは既に寝る準備を始めている。
「ベッドの持ち主であるマレーゼがいいと言っているんですから、いいじゃないですか」
なんて、しれっとした顔で言いながら。
イエリオは研究所に泊まることが多いらしいし、確か、研究所には仮眠室があったはず。めちゃくちゃ狭くて、ベッドしかないような場所だったけど。
でも、共同でベッドを使う、ということに慣れている分、イナリよりは、わたしのベッドを使うことに対してあまり抵抗はないのかもしれない。
「い、いや、それ、それは、ダメ、でしょ……」
言い返したそうなイナリが、しどろもどろに言葉を探している。でも、わたしがベッドに乗せて「寝て」と言ってしまった手前、イナリが口出すには、ダメ、だけでは言葉が弱と、本人も思っている様子だった。
「イナリもここで寝ちゃえば?」
別に気にしないよ、と、わたしがそう言うと、さっきとは比べ物にならないくらい、迷い始めていた。さっき、すぐに立ったのは、イエリオも自室に戻るだろう、と考えてのことだったのかもしれない。
「最初にダブルベッドで一緒になるのがイエリオになるのは嫌だけど、イエリオが一人でマレーゼのベッド使うのも、なんか、嫌……」
眉をよせ、険しい表情でイナリが葛藤していた。その間に、イエリオはすっかり寝始めてしまった。ど真ん中に寝るわけじゃなく、半分ほどスペースを開けている。好きにしろ、ってことなのかも。
「あー……嫌じゃなければ、わたし、部屋にいるから、イナリも寝たら? 二人っきりじゃないなら、まだ……マシ、じゃない?」
二人きりで寝るのと、第三者がいるのとでは、少しは違うはず。
わたしがそう言うと、更に迷った挙句に、イナリが、「……ね、寝る」と言った。
「それ、貸して」
イナリはソファに置いてあったクッションを指さした。わたしの枕はイエリオが使っているし、枕の代わりにするのかな、と一つ渡せば、「全部」と言われた。ちなみに、ソファにクッションは全部で三つある。本を読むときの支えにしたり、寝ころぶときに足元に置いたりと、いろいろ使いたいので。
三つとも受け取ったイナリは、それをベッドの中央に置いた。等間隔に、並べて。
それで、ようやくイナリは空いたスペースに寝ころぶ。枕に使うのではなく、境界線として使うのか……。
「……おやすみ」
しぶしぶ、という様子を隠しもせず、イナリが言うので、わたしはつい、笑いそうになるのを堪えながら「おやすみ」と言葉を返したのだった。