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帰宅の挨拶もそこそこに、少し眠そうな顔で、イエリオが「何をしてるところですか?」と聞いてくる。
何って……と、ついイナリの方を見て、わたしはハッとする。
わたしとイナリは、服の色について話しているだけのつもりだったが、端から見れば、向かい合って椅子に座り、スカートの裾を引っ張っている状態である。
変な目で見れば、情事の一歩手前に見えるし、そうでなくても謎の行動をしているようにしか見えない。
「イナリがワンピースを作ってくれたから、魔法で色付けしようって話になって――」
「――あっ、馬鹿!」
つい、そのままを言葉にしてしまったが、イナリの鋭いツッコミが飛んでくる。
疲れ半分、眠気半分、と言った様子のイエリオの表情が、みるみるうちにきらきらと輝き始めた。
――イエリオのスイッチを入れてしまったらしい。
「本当に魔法はなんでも出来るんですね。どうやって魔法で色つけするんですか? 是非、私も見たいです!」
めちゃくちゃぐいぐい来るイエリオを、わたしは押し返す。近い近い!
「いや、見るのはいいけど休んでから――いや、そう、イナリも寝なよ!」
つい話が盛り上がって忘れていたが、イナリもイナリで徹夜明けである。
こんなところでわいわい話している場合じゃなく、さっさとご飯を食べるなら食べて、寝るべきなのである。
わたしは立ち上がって、二人の食事を準備するべく台所へと逃げるように向かう。
「ほら、ご飯用意するから! 食べて寝なきゃ駄目だよ」
本当はご飯を食べてすぐ寝るのは体に良くないと分かってはいるが、徹夜明けのイナリと夜勤明けのイエリオには、食事と睡眠、両方必要なのである。このまま駄弁っているよりはずっと健康的なはず。
「でも、見たいです」
「分かったってば。ご飯食べて、ちゃんと寝たら、その後で見せてあげるから」
服に色をつける魔法は、確かに見ていて面白い。わたしだって、覚えたての頃は、楽しくて、面白くて、いろんな色で服を染めたものだ。
でも、そんなことを言ったら、寝なくなることは分かっているので、あえて黙る。
「楽しみで眠れそうにないですね」
いや、既に手遅れか……?
イナリの方は流石におとなしく寝てくれるよね、なんて思って見れば、穴が開くんじゃないかというほど、じっとわたしの椅子の背もたれにかけられたワンピースを見ている。あれは確実に、何色がベストか考えている表情だ。
ちゃんと休んでくれるかな、と不安を抱きつつも、わたしは彼らの食事を準備するのだった。




