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わたしがびっくりしていると、そのまま腕を引っ張られる。急なことに、されるがままだ。イナリに抱き寄せられる。
さっきまで開いていた距離は、なくなってしまった。
どくどくと、部屋中に響いているんじゃないかと錯覚するほど早く動く心臓は、わたしのものなのか、イナリのものなのか、分からない。――いや、両方なのかも。
「スキンシップは僕の勝ち?」
声音は少しいたずらっぽいのに、見上げて見える、イナリの顔は真っ赤だった。なんだか、すごく見てはいけないものを見ている気がする。
「――……ありがとう、マレーゼ」
イナリが、ささやくように言う。
今のわたしは、人間のように側頭部に耳がついていなくて、頭の方にあるから、そのささやきが直に当たってこそばゆい。
「僕が、僕自身を許せる努力を怠らなかったら、いつかは、一緒にいて、愛し合うのが当たり前になってるのかな」
「当たり前になっても、ゴールじゃないからね」
イナリが、自信をつけて、彼自身を許せるようになっても、わたしが、皆と当たり前に愛し合えるようになっても。それこそ、子供が出来て、孫も出来たりして、それだけ先の未来になっても、一緒にいたいと思うようになってしまったのだ。
なら、誰にも取られぬよう、努力するのが当たり前なのである。
もう少しくっついていたいという心地の中、イナリに寄りかかっていると、ぐうう、とわたしのお腹が鳴った。
丁度二人とも話していないタイミングだったので、すごく、際立って聞こえた。
雰囲気台無しである。
確かに、今日は一日寝ていて、朝も昼も食べてないけど! だからって、このタイミングで鳴ることある!?
イナリが笑いを堪えているのか、振動が伝わってくる。ひっついているから、余計に分かりやすい。
「だって――」
――くうぅ。
わたしが言い訳をしようと口を開いたタイミングで、またわたしのお腹が鳴った。つい咄嗟に、お腹を押さえてしまった。
「……ふ、そうだよね、一日寝てたんでしょ」
分かってるよ、と言いたげなイナリではあったが、明らかに笑っている。
「ご飯、ちゃんと食べなね」
そう言いながら、イナリが立ち上がる。
「フィジャには元気そうだった、って伝えておくよ。一日眠っていたなら眠くないかもしれないけど、ちゃんと寝なよ」
「――……うん」
行っちゃうのか、というさみしさがあるが、それはそれとして……お、お腹は空いた。
わたしはイナリを見送って、一度、ベッドに横たわる。なんだか、ふわふわとしている気分だ。
ドキドキしすぎて、緊張の糸が切れたんだろうか。
のそのそと起き上がり、フィジャが用意してくれたのであろうパン粥を食べる。
すっかり冷めきっているのに、すごく、甘い味がした。




