410
「体調はどうなの? 熱は下がった?」
「うん、大丈夫そう」
わたしは手櫛で髪を整えながら、イナリの質問に答える。きっちり身なりを整える余裕はないけど、このくらいはね。
「熱も下がったし、元々、熱以外に不調はなかったしね」
わたしの言葉に、分かりやすくイナリがホッとしたような表情を見せる。その表情に、随分と心配させてしまったのだな、と少しばかり反省する。今後、同じようなことを繰り返さないようにしないと。
「皆は? もう寝たの?」
確か、ウィルフは今日、民間警護団の支所に泊まる日だと記憶しているが、昨日から研究所に泊まり込んでいるイエリオは今日帰ってくる予定だし、フィジャは言わずもがな、職場がここだし、二人はいるはず、と思って聞いたのだが……。
「フィジャは今シャワー浴びてる。イエリオはまだ帰ってきてない。この時間でも帰ってこないなら、今日も泊まりなんじゃない」
「あらまあ……」
研究がいいところで区切れなかったんだろうか。まあ、よくあることだけど……。一緒に済むようになってから、しばらく代休消化として休みを取っていたから、その反動で仕事を詰めているのかもしれない。わたしが体調を崩したことを知らずに、今頃仕事を頑張っているのだろう。
電話とか、通信機器が一般家庭にも普及するくらいになれば、ある程度連絡はとれるのかもしれないけど。いやでも、ちょっと熱でたくらいで声をかけることはないか。わたしもそれなりの年で、子供じゃないし。
子供……。
……。
今、イナリとは二人きり、なんだよね。わたしの部屋だから、この間みたいに覗かれることもない。仮にフィジャがシャワーを浴び終えて浴室から出てきたとしても、はちあわせる心配はない。
いや、でも、フィジャは夜は駄目って言ってた。わたしも、まだ、そういう行為に対して心の準備が出来てないけど、最低限、皆に話してじゃないと、とは思っていた。
でも、イナリで全員と話したことにはなる、んだよね……。だから、まあ、最低限わたしが譲れなかったものは、解消できてしまうわけで。
……か、仮に、そういうことをするとなって、順番とか、そういうの、どうなるんだろう。わたしが選ぶの? それとも、フィジャたちで話し合うの?
流石に全員同時ってことはないでしょ。みんなわたしが一夫一妻の文化で生きてきたって知ってるんだから。そういうのは追々、最終的に考慮することであって、初手からそれは……えっ、大丈夫だよね?
まだ全員に話してないのに、話した気になって、あれこれ考えてしまう。
全員に話すだけでも、個々にかなり緊張するんだけど……。
でも、結婚ってゴールじゃないっていうしな。これからも、こういうことが続いて……なんだか別の意味で心配になってきたな。
「マレーゼ? ねえ、本当に体調良くなったの? 無理してない?」
わたしがつい、考え込んでしまったからか、イナリが、わたしが本当は体調が回復していないのだと勘違いしたらしい。
わたしの顔を覗き込むようにして、額に手を伸ばしてくるイナリ。ひえ、顔が近い。




