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――マレーゼ。
誰かに呼ばれた気がして、わたしの意識は浮上する。……前にもこんなこと、なかったっけ。
寝起きのぼんやりした頭で、わたしは記憶を巡らせていた。確か、イエリオたちと、ディンベル邸に行ったときにこんなことなかったっけ。……どうだったかな。
長いこと眠っていたようで、体が少し軋んで頭が重い。寝すぎて眠い、みたいな気分だ。
わたしは頭を支えながら、手探りでベッドサイドの低い棚を探る。たしか、ここにイナリが体温計を置きっぱなしにしてくれたはず……。
今何時なんだろう、と考えながら手を動かしていると、カチャ、と何かに当たる。ちゃんとそっちを見れば、棚の上にパン粥が置かれていた。
どのくらい前に置かれていたのか、すっかり冷めてしまっているパン粥は、普段わたしが使っている食器に盛られている。食べていい、ってことなんだろう。
昼の営業が終わったタイミングで、フィジャが様子を見に来てくれたのかも。わたしがあまりにもぐっすり寝ていたから、起こさないで食事だけ置いて行ってくれたんだろう。
もしかして、さっき、わたしの名前を呼んだのはフィジャだったのかな。呼ばれたときに一瞬意識が戻って、またすぐ寝てしまって、今起きて、それでついさっき名前を呼ばれたように感じたのかも。
フィジャの声にしては低かったような気がするけど……。でも、今日、日中にわたしの様子を見に来られるのって、フィジャだけのはずだし、イエリオたちならまだしも、全然知らない人だったら怖すぎる。
熱を計ってみれば、すっかり落ち着いていた。明日からは普通にフィジャのお店に戻れそうだ。
よかった、と一息つき、折角だからパン粥食べちゃおうかな、と思っていると、控えめに扉がノックされる音が聞こえてくる。
返事をすると、イナリが入ってくる。……あれ、イナリ?
わたしは思わずびっくりして、窓の方を見る。イナリが朝方、わたしを部屋に運んだ際にカーテンを閉めていたから、窓の外は見えないが、光は一切差し込んでいない。部屋が暗いから、ある程度、遅い時間だろうな、とは思っていたけど……まさかイナリが帰ってくるような時間だとは思わなかった。
「電気、つけるよ」
ぱちり、とイナリが部屋の電気をつける。わたしはそのまぶしさに、思わず目を細めた。
「……もしかして、結構寝てた?」
少し驚いたようなイナリの声。
「ついさっき、起きたところ。……そんなにもう、遅い時間なの?」
「もう、夜の十時過ぎるよ」
イナリの言葉に、わたしも驚いてしまった。そりゃあ寝すぎだわ。本当に一日寝て過ごしてしまったのか。体もだるくなるはずだわ。




