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「逆に、わたしが聞きたいくらいだよ。こんなに待たせて、しかも本当は獣人じゃない、わたしなんかで――」
「――ッ、そんなの――!」
「う、おわぁ!」
わたしの言葉にウィルフが勢いよく振返って、バランスを崩したわたしは思い切りソファから落っこちた。元々身を乗り出していて、少し不安定だったので、いきなり力を加えられるとこうなる。手を離せばいいだけなのに、そう判断する前に落ちてしまった。
幸いにも、上手く落ちれたようで、顔面から床に叩きつけられるわけでも、下手に手をついてくじくこともなかった。
ウィルフは、首根っこを掴んで、わたしをソファに戻す。ちょっと首がしまって苦しい。
「……悪い」
消え入るような小さい声で、ウィルフが言った。
「怪我はないから大丈夫だよ」
言いながら、わたしは手をはたく。これと言って目立つ汚れがついたわけじゃないけど、土足文化の家なので、なんとなく気になる。
「――……マレーゼ」
「なに、――ッ」
ウィルフがわたしの名前を呼ぶなんて珍しい、と顔を上げると、鼻に、柔らかい感触が。――ウィルフの鼻先だ。
ウィルフが、わたしの鼻先に、彼の鼻先をくっつけたのだ。少し、不思議な感覚である。
わたしがきょとん、としていると、ウィルフが、目線をそらせた。
ウィルフの顔は、人間よりも狼に近いので、細かい表情は察するのが難しいところがあるが、なんだか違う、と言いたげな様子だった。
「ど、どうしたの?」
「大切にしたい奴に、するんだろ」
大切にしたい奴。大切に――。
わたしは鼻先を押さえながら、ウィルフとご飯を食べに行って、盛大に酔っ払ってやらかしたときのことを思い出していた。
キス、したかったのか、ウィルフは。わたしと。
ようやく理解した瞬間、ぶわ、と体が熱くなるのが分かる。
あんなことも覚えていてくれたのか、という気持ちと、正直黒歴史に近いから忘れてくれ恥ずかしいという気持ちが、わたしの中で争う。でも、少しだけ、嬉しい、という感情の方が、勝っているかも。
あのときは、酔っ払ったとき特有の謎思考で、あんな風になってしまったけれど、今は、自分からしたいと、思う。
「――!」
わたしは勇気を出して、ちゅ、とウィルフに口づけた。
凄まじく心臓が早く動いていて、あのときとは別の理由でちょっと吐きそうである。
両手で顔を押さえ、ぐでん、と脱力すると、ずるずると落ち、また床へと着した。でも、起き上がる体力がない。キスに全部の体力を、根こそぎ持っていかれたようだ。
酔っ払いのときも――ウィルフに、見方であると誓うようにしたときも、よく出来たものである。そして何もなかったように気持ちを切り替えられたものである。非常時って凄い。今じゃ絶対考えられない。
舌を入れるキスは、本当に好きになってから、なんて酔っ払ったわたしは言ったけど。
そんなの、本当に好きになったら、緊張で余計に出来ないじゃないか。
 




