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 固まっているわたしたちよりも、フィジャの方が、今の状況を飲み込むのが早かった。


「ず、ずるいーっ! ボクだって昨日の夜、我慢して――うわぁ!」


 ばたばたとこちらに駆け寄ってきたフィジャが、洗剤に足を滑らせて派手に転ぶ。よく見たら、洗剤はほとんど床にこぼれてしまっていて、その上、イエリオやフィジャが足を滑らせたものだから、大惨事になっていた。

 わたしは慌てて、四つん這いのままイエリオから離れて洗剤のボトルを立てる。

 掃除を始めたはずなのに、掃除をする前よりリビングを汚してしまっていた。


「二人とも、怪我、してない?」


 わたしは、洗剤を踏まないように気を就けて立ち上がり、二人を見る。


「おしり痛いけど、それ以外はへーき。あー、これ痣になるかも……」


 フィジャがおしりをさすりながら立ち上がる。

 イエリオは固まったままだ。


「イエリオ、大丈夫? どこか怪我した?」


 わたしはしゃがんでイエリオに問う。彼は未だに放心したように固まったまま、「大丈夫、です」と小さな声で答えた。


「これ凄いなぁ……。べちゃべちゃじゃん」


「こ、こんなにこぼすとは思わなくて。置き場所間違えたわ。フィジャが昼ご飯作ってくれるなら、わたし、その間に片付けちゃうから」


 下手にこぼさないよう、棚の上とかに置いておけば良かった。それなら蹴飛ばしてこぼすこともなかったかもしれない。


「まあ、やらかすことくらい誰にでもあるし、それはいいんだけどぉ……。ほら、イエリオ、いつまで固まってるの。さっさと立つ! それとも立ち上がれないくらい痛い?」


 フィジャにそう言われても、イエリオは「そうですね」と返事をするばかりで、一向に立ち上がる気配がない。


「え、これどうしたの?」


「そ、その……昨日の夜、フィジャに話したようなことを、話した、というか……」


 言ってもいいよね? と思ってさっきまでの会話を伝えると、フィジャは納得したような顔をした。


「あー……。まあ、無理もないけど……。イエリオ、そこに座られても困るんだって。昼ご飯に出来ないどころか、片付けもできないでしょ。可愛いお嫁さんに床掃除させるつもり?」


「か、かわ……」


 可愛い、と言われて、わたしはつい、反応してしまう。

 わたしの方は動揺して、また動きがぎこちなくなってしまったが、イエリオの方はそんなことないらしい。「片付けます!」と勢いよく立ち上がった。


「わ、わたしも手伝う……」


 フィジャの言葉がきいたのか、きびきびと床の片付けを始めるイエリオに、わたしは声をかける。ぶちまけた洗剤を拭き取ればいいかな、なんて思うが、「こちらは大丈夫です」と断られてしまった。


「で、でも……元はと言えばわたしが……」


 変なこと、でもないけど、イエリオが洗剤のボトルを蹴飛ばすことになったのは、わたしの発言のせいだ。

 みなまで言わなくとも、わたしの言いたいことが伝わったらしい。


「で、では、あの、こちらを洗ってきてもらってもいいですか? 代わりにそちらの雑巾をください」


 そう言って渡されたのは、さっきまでイエリオが使っていて、いましがた洗剤を限界まで吸わされた雑巾だ。


「あ、うん、わかっ――」


 雑巾を受け取る際に、イエリオの指先が触れる。べちゃ、と雑巾が床に落ちた。

 今、動揺して手を離したのはわたしが先か、イエリオが先か。――それとも、両方か。

 わたしたちには分からなかった。

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