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繁殖。
言い方こそ生物学的ではあるけど、ようは、わたしと、皆とで子供が出来るかどうか、という話のものだろう。
そういえば、結局、獣人と人間で子供が作れるのか、とか、人間なんてとっくに滅んでいて、今の獣人が人間だと思っているのは猿獣人なんじゃないか、とか、そのあたりの話に決着はついていなかった。
文献が残っている、というなら、解読を試みるにこしたことはない。
「――……ま、まあ、必要、だもんね……」
落ち着かない気持ちを誤魔化すように、窓をせわしなく拭きながら、わたしは言う。わたしは特別、子供が欲しい、という欲求が強い方じゃないけど、別にいらない、というわけでもない。
出来るかどうかの確認をするというのは、必要だろう。
しかし、一妻多夫の形式を受け入れて、皆と男女の仲になりたいと思った直後に、いきなりそういう行為をするのは流石にちょっと……時間が欲しいけど……でも、いざとなったら流されるかもしれない……なんて思いながら、ぎゅっぎゅと、窓ふきにしては強い音を立てて拭き掃除をしていると、ふと、わたしの手元からしか音が聞こえないことに気が付く。
「……?」
手を止めて顔を上げると、顔面を真っ赤にして固まっているイエリオが目に飛び込んできた。いつものイエリオからは想像もつかないような表情である。
わたしもびっくりして、固まってしまった。
両者とも手が動かず、なんの音もない、妙な空気が出来上がった。
少しの沈黙。多分、実際には数分にも満たないだろうけど、何十分にも感じられた、何とも言えない雰囲気を破ったのは、イエリオだった。
「――……つ、作ってくれる気に、なった、んですか?」
「……うん」
わたしは、ごかまさず、素直に頷いた。
ここまで来てしまったら、しきり直すほうが話にくくなるだろう。
「昨日のことがあって、皆のことを取られたくないって、思ったの。変だけど、我がままだけど――いや、変って言うのは駄目なのか。あの、でも、ちゃんと、皆のお嫁さんになりたいって、思って……それで……」
わたしは手にもった雑巾を握りしめ、勇気を振り絞る。
「――好き、だなって……」
――ガタン!
動揺したのか、イエリオが一歩後ずさり、足元に置いていた洗剤のボトルを倒した。
無言のまま、イエリオは言葉をくれない。
でも、イエリオの顔を見れば――わたしの言葉を嫌悪しているわけでも、拒否するわけでもなく、むしろその逆なのだと、分かる。
基本的にはスマートで余裕のある、いつものイエリオからは想像できないほど、彼は取り乱していた。
「あ、あの――うわ!」
何かを言おうとしたイエリオが、ボトルからこぼれた洗剤に足を取られてバランスを崩す。
「ちょ、だいじょう――」
反射で手を伸ばしたが、身体強化〈ストフォール〉もなしに、イエリオを支えられるわけもない。わたしはそのままイエリオの上に飛び込むような形で、転んでしまう。
尻もちをついたイエリオに抱き着くような形になり、わたしたちは再度固まってしまう。全然、こんなことをするつもりはなかったのに。
でも、さっきとは違い、沈黙は訪れなかった。
「そろそろ作るけど、今日お昼いるのマレーゼと、他、誰? てか、なんの音? なんか凄い音した、けど……」
一階で作業をしていたのであろうフィジャが、リビングに入ってきたから。