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わたしが固まっていると、代わりにイエリオが彼女と対峙してくれる。
「浮気じゃありません。私と彼女は結婚していますし、フィジャもまた同様です。一妻多夫なんて、そこまで珍しくもないでしょう?」
白衣のポケットからハンカチを出したイエリオが、わたしに渡してくれる。一応受け取りはしたものの、わたしはそれを使う気にはなれなかった。先ほど彼女に言われた、「浮気」「可哀想」という言葉が、わたしを動けない心境に追い込んでた。
フィジャは可哀想、なのか。
一妻多夫、という言葉を聞いた彼女は、今度こそ泣き出してしまった。
「なんで、なんでぇ……。一杯いるなら、フィジャくんじゃなくてもいいじゃない! 一人くらい……っ」
一人くらい。その言い方に、わたしは言い返したくなる気持ちが湧き出た。
四人同時に恋をするなんて、平等に愛するなんて、そんなのは普通じゃない。ずっとそう思ってきたけど、でも、わたしは四人のことを、『四人』だなんて思ったことはない。
フィジャはフィジャで、イエリオはイエリオで大切。ウィルフも、イナリもそうだ。
誰か一人『くらい』欠けていいなんて思ったことはない。皆が皆、替えのきかない人なのだ。
――でも、端からみたら、そう言われるような関係に、見えてしまうのだろうか。
わたしが、一妻多夫の文化を正しく理解していなくて、普通に出来ないから。
「……っ」
彼女に何か言い返したくても、言葉が出てこない。なんて言えば、この場を切り抜けられるのか、全く見当がつかない。
でも――。
「やだ」
わたしは、短く、拒絶した。
「ひ、一人『くらい』じゃない、から……。フィジャじゃなくてもいい、とか、ではない、よ」
一対一で、愛を伝えられたら、どれだけ素敵なことだろうか。一夫多妻、一妻多夫の文化がない世界に生きてきたから、どうしても、そう思ってしまう。きっと、フィジャも、このお姉さんとくっついたほうが、幸せだったのかも。
でも、今、一杯いるならいらないでしょ、と言われても、わたしはそれにうなずけない。
どっちが正解なのか、何が正しいのか分からない。
フィジャの幸せな未来を潰したのかも、とか、そもそも幸せはフィジャの幸せを決めるのは彼自身なんだから、とか、こうやって迷うこと自体、彼の、わたしを愛おしそうに見る目を裏切ることになっているんじゃないか、とか、ぐるぐるといろいろ考えてしまったが、それでも、「わかった、じゃあいいよ」という考えだけは、一切出てこなかった。




