366
短剣を拾って立ち上がろうとしたイナリを庇うように、もう一本、二本、とシャシカさんがタイミングよくナイフを投げる。イナリが指示したわけでも、シャシカさんが声をかけたわけでもないのに、息がぴったりのタイミング。
かつて、パーティーを組んでいた二人だから出来ることなんだろうか。
ナイフが刺さったメルフは、煩わしそうに体を震わせる。ナイフは簡単に取れ、勢いで飛んでしまう。
余りダメージは与えられていないし、ナイフはすぐ取れてしまうけど、少なくともひるませられているし、メルフが再び攻撃体勢に入るまでの時間稼ぎが十分に出来ているようだった。
シャシカさんはナイフを用意しながら、わたしに声をかけてくる。
「ここはアタシに任せな。出来ないことを無理に頑張ることはない。アタシの代わりに医者でも呼んできておくれ」
シャシカさんの言葉にハッとなる。医者。そうだ、イナリがあんなになっているんだもん、治療する人が必要だよね。
さっき聞こえていた人々の声は、警護団や冒険者、消防隊の人を呼べ、とは言っていたけれど、医者を呼べ、と言っている人は居なかったように思う。
もちろん、こんな状況だから、医者を呼んでいない、なんてことはないと思うけど、そう思い込んで、連絡が行っていない、なんて事態になるよりは複数人呼んでしまった、というほうがずっといいだろう。
もしかしたら、イナリ以外にも怪我人がいるかもしれないし。
見守るだけじゃなくて、わたしにもまだ出来ることがある。
「アタシに服を作ってくれた礼をしないとね」
そう言って、シャシカさんはわたしとの会話を切り上げて、メルフに向かった。
「イナリ! 惚れた女の為に戦うっていうから、手助けは無粋かと思ったけど、流石に死なれたら嫌なんだよ!」
「う、うるさい! 死ぬわけないだろ!」
からかうようなシャシカさんの声と、少し動揺したようなイナリの声。
今、この場でイナリから目を離すのは、少し怖い。それに、メルフはわたしを目的にしているから、わたしの後を追ってきて、ここ以外にも被害が広がるかも。
そう思ったのも、少しだけ。首を横に振って、すぐに思いなおす。
――イナリを信じよう。
イナリなら、きっと、メルフに勝てる。人は精霊に勝てないという、前文明の常識を覆してくれる。
「――イナリ! 最後にまた、アタシと共に戦ってくれよ!」
シャシカさんの言葉を背後に聞きながら、わたしは医者を呼びに走り出した。
あの二人なら、きっと、大丈夫。




