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トゥージャさんに散々いじりたおされて、イエリオのとはまた別の意味で疲れた。トゥージャさん、水を得た魚のように、生き生きとこちらをいじってくるんだもの。
わたしは帰路につきながら、思わず伸びをした。それを見たフィジャが、少し困ったように笑う。
「ごめんねえ、トゥージャは悪い奴じゃないんだけどぉ……」
まあ、確かに性格が悪い人でもなさそうなのは事実だ。疲れたけれど。
フィジャ曰く、わたしはトゥージャさんに気に入られたらしい。全然そんな風には見えなかったけど……。
「トゥージャは、ほら、格好いいから。いろんな女性が言い寄ってくるんだよぉ。だから何言っても大丈夫、って思ってる節があって……口がちょっと悪いんだよね」
ほら、と言われても、わたしにはいまいちピンとこないが、フィジャがそう言うのなら、そうだったんだろう。
ぽつぽつと今日の顔合わせについて話ながら歩いていると、後ろから声をかけられる。
振返ってみれば、そこにはイナリが居た。どうやら仕事帰りらしい。
それを見たフィジャが、「ええ……」と少しばかり嫌そうな表情をする。
「なんだよ、その顔……。僕が声かけたら悪いってわけ?」
「だって折角マレーゼと話してたのに、今ここでイナリが出てきたら別れなきゃいけないじゃん。今から行くの、イナリの家なんだし」
本気で嫌がっているわけではなさそうなものの、どこか残念そうにフィジャが言った。
「じゃあ家に来るか?」
イナリの提案に、フィジャは首を振った。
「そうしたいところだけど、ボク明日仕事だから。あんまり長居は出来ないし。悔しいけど帰るよ」
じゃあねマレーゼ、と言ったフィジャは、ちゅ、とわたしの頬にキスをした。
「え」
まさかされると思わなくて思わず固まってしまう。徐々に状況を飲み込んできて、顔に熱が集まってくる。ぎこちなく固まるわたしとは裏腹に、ふは、とフィジャが噴き出した。
「かわいいね。……ちょっとイナリ、そんな顔しないでよぉ。ボク、これから帰らないといけないんだから」
ちら、とイナリの顔を見れば、眉根を寄せて、何とも言えない表情をしていた。
「素直に好きって言っちゃえばいいのに」
「フィジャ!」
フィジャの言葉に、イナリが大声で彼の名前を呼んだ。フィジャは「こわーい」と口では言っているものの、全然怖がっている様子はない。
「じゃ、ボク帰るから。イナリ、マレーゼをよろしくね」
そう言って、彼は手を振り、元来た道を帰っていく。二人取り残されていると、なんてイナリに返事を返したらいいか分からない。
何か声をかけようとイナリの方を向いて――彼越しに、シャシカさんがいることに気がついた。少し遠いので、彼女がこちらに気が付いているかは分からない。
――そこにいる彼女は、イナリが手がけた祝集祭の服を着ていた。




