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「おかえりなさい、トゥージャ、フィジャ。……あら、そちらは……」
目じりの鱗がほくろみたいで、ちょっと色っぽい女性。多分、フィジャのお母さんだろう。イエリオの母親とは違い、年相応、といった感じだろうか。美しく年を重ねた女性、という雰囲気がある。……やっぱりイエリオの一族、謎に若過ぎるんだよな。
「トゥージャのお嫁さん?」
この国では、連絡手段があまり発達していない上に、一度親元を離れるとよほどのことがない限り連絡を取らない。勿論、手紙をたまに出す、という例外もいるらしいが。
なので、わたしからしたら、両親に結婚の挨拶をするのに連絡なし、というのがちょっと信じられないが、この国では普通のことらしく、こういう勘違いも発生する。
「ちげーよ、俺の嫁じゃなくてフィジャの方。あーあ、まさかフィジャに先を越されるとは思わなかったわ」
そんなことを言いながら、トゥージャさんが、庭にあるテーブルと椅子のセットのうち、一つに座る。
「あらまあ、そうなの? ……やだ、椅子が足りないわね。お父さん、私、椅子を倉庫から持ってきますから、よろしくお願いしますね」
そう言ってぱたぱたと奥の方に行ってしまう。
なんというか、すごくあっさりというか……。イエリオのときが大げさに喜ばれたから落差があるように感じるだけなんだろうか?
いや、そんなことない……よな? でも、どうだろう。五年に一度しか会わなくなるくらいなのだ、その辺はあっさりしているのかも? これが獣人の普通なのかな、と思っていると。
――ガッシャーン!
奥の方から凄い音が聞こえてきた。
「えっ、大丈夫?」
フィジャの方を見ると、あーあ、とでも言いたげな表情だった。フィジャやトゥージャさんが動くよりも先に、彼らの父親らしき男性が無言で立ち上がり、様子を見に行く。その間にも、ガシャン、パリン、と、聞こえてはいけないような騒音が響いた。
「母さんは不器用で、ドジをよくするからぁ……。多分、マレーゼの手前、平静を保ってたけど、一人になったら動揺が押さえきれなくて、棚からあれこれ落としたんじゃない?」
フィジャが言い終わる頃に、ようやく音が鳴りやんだ。
と、思ったら……。
――ガラガラーッ!
ひと際大きい音が再度響く。
「あれは多分、片付け終わって戻ろうとしたら、足元の何かを引っかけた音だな」
冷静にトゥージャさんが解説する。どうやらこの家では、こういうことはよくあることらしい。
戻って椅子を持ってきたフィジャの母親は、表情こそ平然としていたが、さっきより少し乱れた髪が、倉庫で物とあれこれ格闘していたことを伝えていた。




