346
店員によって開かれた扉の先に、複数人の男女が既にいた。男性が三人と女性が四人。それぞれが、わたしたちに注目する。
一瞬、しん、となった直後に、「ええーー!」と大声を上げたのは、一人の女性だった。
「イエリオが女連れてきた! 嘘、嘘、嘘!」
パパっとわたしたちに駆け寄ってきてわたしをじろじろ見る、美人な女性。随分若そうだ。お姉さんだろうか。あ、でも、イエリオと違ってうさぎ耳ではなく、小ぶりな耳がついている。なんの耳だろう。うさぎのように長くはないが、形は似ている。犬や猫にしては細い。
イエリオと違う種類の獣人ってことは……あ、お兄さんのお嫁さんとかかな。それっぽい人いるし。
「マレーゼ、こちら、母のリディアです」
「こんにちは、リディアよ。よろしくね、お嬢さん。まあ、イエリオとは血の繋がっていない方の母親なんだけどね。繋がっているほうはあっち。……おーい、ララー」
えっ、母親!? わたしは思わず交互に女性――リディアさんとイエリオを見てしまった。若……えっ、若!?
というか母親が二人!? っていや、この国だと一夫多妻も一妻多夫も珍しくないんだっけ。
ララ、と呼ばれた女性もこれまた若かった。わたしは再び、イエリオと、今度はララさん? の顔を交互に見てしまう。言われてみれば、確かにどことなくイエリオと似ている気がする。目がそっくりだ。
「こんにちは、血がつながっている方の母、ララーペルです。気軽にララと呼んでくださいな」
透き通るような声に、おっとりとした敬語。言われてみればイエリオの母親、と言われておかしくもない……いや、若いよ。
え、というか、もしかして後ろの方々も、わたしが思っているような間柄ではない……?
予想外の紹介に挙動不審になっていたが、ハッと我に返る。いけない、余りにも不躾だった。
「あ、え、えっと、マレーゼと言います。あの、息子さんにはいつもお世話になっていて……」
「あらやだ、お世話になってるのはイエリオの方でしょ」
けらけら笑うリディアさんに、ばしんと軽く肩を叩かれた。見た目はかなり若いが、確かに言動が母親世代っぽい。
「で、祝集祭に来てくれたってことは期待していいのよね、ね?」
きらきらとした目でこちらを見ながら、リディアさんがイエリオと繋いでいない方の手を取る。――期待、期待ってやっぱり……。
ちらっとイエリオを見ると、わたしの言いたいことが通じたようで、こくりと軽くうなずいた。
「新居はまだですが、この度、結婚することになりました」
イエリオがそう言うと、リディアさんは「きゃあ!」と言って、わたしの手を離し、今度はララーペルさんに抱き着いた。
「よかったわね、ララ! イエリオの嫁ですって!」
「まあ……夢じゃないの? わたくし、イエリオは絶対に結婚しないものだと思っていたわ」
ララーペルさんもリディアさんを抱き返して喜んでいる。
「前回の祝集祭のときは、浮ついた話がないどころか終始仕事の話しかしなかったのに!」
「本当! わたくし、この子のお嫁さんが見れるだなんて、生きてて良かったです。女の子に告白されてすぐに振られた、なんて話が耳に入るたびにこの子はどうしてこうも前文明にしか興味がないのだと嘆いていましたが、もうそれも終わりなのね」
凄い言われようである。わたしはつい、ちらっとイエリオを見たが、苦笑いで返されてしまった。本当に、それだけ結婚に関して親から期待されていなかったんだろうな。
「この子は前文明に頭をやられている子ですが、とてもよい子なのです。話半分でも、聞いているふりをしていれば満足しますから、どうか見捨てないで上げてくださいな」
「あ。えっと、前文明の話も、普通に面白いと思うので、その辺は大丈夫……かと」
時と場合によっては突っぱねることも辞さないが、基本的には聞いてて楽しいと思う。あんまりにもボロボロに言われるイエリオが可哀想になってフォローすると、「まあ、まあまあ!」とララーペルさんも目がきらきらとし始めた。
「イエリオ、絶対にこの子を逃してはなりませんよ。分かっていますね?」
「大丈夫、分かっております、お母様」
目の前で繰り広げられる親子の会話に、なんだかむず痒くなってしまう。
しかし、この様子なら、無事にやっていけそうかも。リディアさんはちょっとリアクションが物理なところがあるし、ララーペルさんは、ずばずば物を言うようだが、二人ともわたしを歓迎してくれているのが分かる。
「リディア、ララ、良かったら私たちにも紹介をさせてくれないかね」
そう言って声をかけて来てくれたのは、イエリオのお兄さん――じゃないんだろうな、多分。
「初めまして、お嬢さん。私はカヴァルと言うものだ。イエリオの父に当たる。愚息がいつも世話になっているね」
――イエリオの一族、若い血が強すぎないか?




