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帰り道、イナリの隣を歩く。会話はなく、なんとなく、重い空気だった。
明らかに脅されたような様子のシャシカさん。これでわたしの命の危険はなくなったのかもしれないが、素直に喜べない。
わたしでさえ、こんなもやもやを抱えているのだから、彼女と関係が長いイナリは、もっと複雑だろう。
「……やっぱり、シャシカさんのこと、気になる?」
わたしは、ついに聞いてしまった。
「それは……」
口をもごもごと動かし、言葉を濁すイナリだったが、一歩、一歩と歩くスピードが落ち、最終的には足を止めた。
人通りのない道。道のど真ん中で、わたしとイナリだけが、ぽつんと立っている。
「――君には悪いけど……シャシカは、僕の冒険者時代の、パーティー仲間だったから」
最後までは言わなかった。でも、やっぱり、気になってしまうんだろう。あんな怪我をしていて、
急に態度が変わったら。何があったんだろう、って。
「君が殺されそうになったのを許せるわけじゃないし、いつまでも冒険者に戻れって言うのがうっとうしいのは事実だよ。でも……それで全部、仲間として過ごした思い出が、否定されるわけじゃない」
イナリの表情は、苦しそうなものだった。
「僕、僕は――今の僕を認めて貰えないのが悔しいだけなんだ。でも、冒険者時代に、楽しいことも、あった。それは、嘘じゃない」
「……うん」
イナリのその言葉を聞いて、わたしは、今日ルーネちゃんから教えてもらった、進級報酬の裏道を伝えることを、やめることにした。
それで解決したところで、イナリの気持ちが救われるわけじゃない。方法としてとっておくのは悪くはないが、あくまで最終手段。
冒険者になれないから諦めさせるのではなく、冒険者なる、ならない以上に、今のイナリをシャシカさんに認めさせないといけない。
すごくたいへんなことだろう。イナリ自身、とっくに何度も説得しているはずだ。
でも、イナリがもし、それを望むなら――わたしは付き合うつもりでいる。
そして、イナリの今の顔を見れば、彼がどちらを望んでいるかなんて、すぐにわかる。
「どうやらもう、向こうはわたしを殺せないみたいだし。この際、とことん顔を突き合せて話をしたらいいんじゃない? わたしのことは気にしなくていいから」
人命がかかっているならば、手段は選べない。でも、逆に言えば、命がかからなくなったのなら、手段はイナリに任せていいのだ。
「――ありがとう」
わたしたちは、再び歩き出した。早く帰って、どうシャシカさんを説得するのか、作戦会議をしないといけないので。




