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ルーネちゃんと別れ、イナリになんと言おうか考えながら歩くものの、段々と足取りが重たくなってしまって、たまたま見つけた公園のベンチに、わたしは座りこんだ。
日が暮れる。イナリとの待ち合わせには、あと一時間もない。
それなのに、わたしは、イナリに伝える言葉を決めあぐねていた。
最終手段として、確実な手があるよ、と言うのなら、そんなに言うのは難しくない。
わたしが殺されるより、イナリが手足を欠損するより、ずっといい。それをするくらいなら、イナリが冒険者に戻った方が――。
そう考えて、なんとも言えない気持ちになってしまい、わたしは溜息を吐いた。
冒険者に戻って、進級報酬で冒険者に戻れないようにしてもらう。そして、シャシカさんに諦めさせる。
策としては悪くないし、確実性もある。
でも、冒険者としてではなく、今の、防具店――服飾業に就いていたいイナリに、わたしからそう言うのは、気が重かった。
イナリ自身、冒険者としてではなく、今の彼でいたいはずだ。
命には変えられない。
でも、わたしの口から、伝えるのが嫌だった。
なんて言おう、と文言を考える頭の片隅に、あの日泣いた跡の残るイナリの顔がちらつく。その顔に気が付いてしまうと、思考が鈍って、考えていた言葉が霧散する。
「――ああー、もう、どうしよー」
わたしはひと気がないのをいいことに、ぐてっとベンチに体重を預ける。寝そべるのではなく、体がそるように、背もたれに全体重をかけて、脚を伸ばした。
何を言うにしても、あと一時間もしないでイナリと待ち合せている喫茶店に行かないといけない。遅れたらイナリが心配するだろう。
でも、どうしても、今すぐに喫茶店に行く気にはなれなくて。
シャシカさんが、イナリを、冒険者になるのを諦めるんじゃなくて、今のイナリを認めてくれる方法がないものか……。
わたしはぎゅっと目をつむりながら考える。――と、目元が暗くなった気がして、目を開けた。まずい、もう日が落ち切ってしまったか、と思って。
「ヒエ」
しかし、そこには、シャシカさんがいて。思わず変な声が出た。
背もたれに体重を預けて上を仰いでいるわたしと顔を合わせるように、シャシカさんは立って顔を下げている。
逃げなきゃ、と思うのに、体を完全に伸ばしていたからか、すぐに体勢を立て直せない。
――それに、一目で大惨事だと分かるほど、ぼろぼろになって、あちこちに包帯やガーゼ、眼帯で手当されているシャシカさんに目を奪われて、体が固まってしまった、というのもあった。




