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「……そうだよ。――僕は、冒険者になって、かっこいい服が着られるようになって、嬉しかったんだ」
ぽつり、ぽつり、とイナリが語り始める。
「それまでは、服なんて、何を着ても怖かった。母さんはあんなに美人なのに、僕は父さんに似てしまって、どんな服を着ても、自分には似合わない、ふさわしくない、っていつも思ってた。かっこいい服を着たら、こんな僕に似合うわけないって皆馬鹿にするし、かといって変な服を着れば、美人なのに旦那と子供は酷いのねって母さんが笑われる」
着たいものが着られない。容姿にコンプレックスがある人や、好きな服が一般的でない人にはついて回る悩みだとは思う。
でも、何を着ても駄目、っていうのはなかなかつらい話だ。何を着たらいいのかすら分からなくなる。
「特にやりたいこともなくて、仕事に迷っていたとき、当時冒険者のギルド長だった叔父に、冒険者を勧められたんだ。人に勧める仕事にしては危険度が高い仕事だとは思うけど、当たればでかいし、それに、なにより、完全な実力社会。そりゃあ、容姿で他人から何か言われることがなくなるわけじゃなかったけど、見た目で実力が評価されなくなることは、絶対になかった」
その叔父さんも、イナリが自分の姿に酷いコンプレックスを持っていることを見抜いて、冒険者を勧めたんだろうか。
勧められるがままに冒険者になったイナリ。そうして、本人も思っていなかった以上に、上へ、上へとのぼりつめた、ということか。
「それで、僕は、あるとき、防具を新調することになって、服もまとめて買ったんだ。でも、そのとき、服の機能と予算を照らし合わせたら、一番いいのが、今まで敬遠してきたような、かっこいい服だった。抵抗はあったけど、防具の一種だから仕方ないって言い聞かせて着たんだ。――でも、それは、本当に防具の一種だった。誰も、僕の服装を馬鹿にしなかったんだよ」
冒険者でも、服にこだわりがある人はあるのだろう。いつぞやの、イナリに文句を言っていた、喋りが少し変わった冒険者のように。
でも、それは『防御力が許す範囲でいいものを』という話に違いない。冒険者の命を預ける防具や服で、防御力を捨ててまで見た目を気にしてなんかいられないんだろう。
「僕はそのとき、初めて感動したよ。防具だったら、冒険者の服だったら何を着てもいいんだって。――そこから、興味を持って、僕はこの道に進みたくなった。冒険者を、やめて」
「いい話だね」
わたしは思わずそう言っていた。イナリが、不安そうな顔で「本当にそう思う?」と問うてくる。
その様子に、わたしは、肯定の言葉を返した。




