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――多分、この辺り、かなあ。
わたしは魔法で気配を消しながら、玄関とは反対側の、ベランダ側に来ていた。魔法を使うのを控えたい、と決意したのがつい先日だが、こればかりは仕方ない。わたしはシャシカさんと違って、気配のオンオフを魔法なしにやるだけの技術がないので。
イナリの家はボロくはないものの、古い造りをしたアパートだ。故に、床下からもぐりこむのはさほど難しくなさそうだった。
わたしは地面に這いつくばって、シャシカさんが侵入したのであろう、床下の穴を目指した。どたばたと、ひと悶着あったが、結局あの後、すぐに警護団にシャシカさんを引き渡したので、床下の穴は塞いでいない。
仕事が杜撰なあの警護団の人たちが現場検証のようなものをするはずもなくて。事情聴取とは名ばかりの、少しの会話のあとシャシカさんを連れていくだけだった。
だから多分、あの穴はまだ開いている。
ということは、わたしが使って中に入ることも、不可能じゃないはずだ。
まあ、わたしがスムーズに中へ入れるかどうかはまた、別の話なのだが。
――暗い、狭い、動きにくい!
わたしは身じろぎしながら、あちこち穴を探す。
床下は当然、視界が悪いし身動きも取りにくい。わたしは少し進むだけでへろへろだった。イナリの部屋にいた、ベッド下から来たというシャシカさんは、さして汚れている様子はなかった。
冒険者とは、こういう場所にも慣れているものなのか。それとも、探さなくてもおおよその穴の場所が見当つくほど、何度も床下から部屋に侵入していたのか。……後者だとは思いたくないなあ。
イナリ、もっとセキュリティのしっかりした家に引っ越さないかな。……引っ越さないだろうなあ、もう新しく家建ててるし。調理器具を新しく購入するのも渋ったくらいだ。それよりさらにお金を使う引っ越しなんてするわけがない。
「――っ」
そんなことを考えながら、穴を探していると、指に木くずが刺さる感触がして、思わず声を漏らしそうになる。ぎりぎりの所で耐えたが。
指をくわえると、ほんのりと血の味が広がった。感触的に、そこまで血は出ていないようだが。
――でも、見つけた。
不自然に木くずが散らばり、ささくれ立っている。ゆっくりと押し上げるように動かせば、板が動く。
暗くても、うっすらとした光で分かる。イナリの部屋の、ベッド下に、確かに繋がっていた。
やった、と思う反面、わたしは困っていた。
――いや、ここからどうやって起き上がって部屋に入るんだ?




