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しばらくして、やってきた警護団の人たちの内、一人がイナリの知り合いだったらしい。「なんだぁ、痴話喧嘩か?」なんて、がははと笑いながら事情聴取を始めた。イナリが眉をひそめているのに、気が付いているのか、気が付いていないのか。
前世の、税金で働く警察とは違って、まあ、なんともいい加減な団体だった。確かにガタイが良くて、腕っぷしだけは強そうなので、魔物に対しては強く出てくれるだろう。物理的な攻撃から守ってくれそうな感じはある。
でもまあ、対人に関しては仕事が雑で雑で。
確かにシャシカさんを連れて行ってはくれたものの、結局最後まで痴話喧嘩扱いで終わってしまった。こりゃあイナリを突き落とした猫獣人三人組が簡単に釈放されるわけだ。
わたしは殺されかけたけど、でも、イナリが反撃出来ている時点で実力が同等なもの同士の喧嘩だとみなされたらしい。そもそも、イナリが元冒険者というのもあって、被害者のラインが曖昧になっているのだろう。
「シャシカに気が付かないくらいじゃあ、冒険者に復帰できねえな?」
イナリの知り合いだと思われる警護団の一人が、そんな言葉を残し、彼らはシャシカさんを連れて去っていった。
誰もが、当たり前のようにイナリが冒険者に戻るものだと思っている。イナリの知り合い以外でも、イナリの名前と顔を見れば、「ああ」と表情を変え、あからさまに態度が変わった。
あの瞬間、イナリは、普通の被害者ではなくなってしまったのだ。
「ちゃんと仕事しろ、ばかーっ!」
警護団の人間の背中が見えなくなるかどうかのところで、我慢できずにわたしは叫んでしまった。
イナリは悪くない。悪いのはシャシカさんだ。それなのに、これはなんだ。
「……まあ、怪我がなくて、とりあえずは――よかったよぉ」
警護団を呼んで、その後も様子を見に戻ってきてくれたフィジャが声をかける。あの警護団の態度を見て「よかった」というのはためらいがあったのか、すんなりとその言葉が彼の口からでることはなくて。
まあ怪我がなかったのは、確かに幸いだったけど。
「あ、これ、忘れ物ね」
そう言ってフィジャがわたしにペンケースを渡してくれる。どうやら昼間、勉強しに行った後、置きっぱなしにしてしまったらしい。
「ありが――」
――ガチャン。
フィジャからペンケースを受け取ろうとすると、背後から、鍵がかかる音がした。
びっくりして思わず振返ると、イナリが居なくて、部屋の扉が閉まっている。
……えっ、わたし、締め出された?




