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パラパラと本のページをめくる音だけが聞こえる部屋に、ガタン、と物音が響いて、わたしは本を読む手を止めた。
おかしいな、わたし以外、誰もいないはずなのに。
今日はイナリの出勤日で、一日わたしは家にいることになった。現状合鍵がない、というイナリの家から勝手に出るわけもいかず、この間、休みのフィジャから勉強に良さげな本を見繕ってもらって、それを読んで暇を潰していたのだ。
朝一緒に出ることも出来たが、それだとイナリの帰宅時間まで、外で時間を潰さないといけない。フィジャやイエリオ、ウィルフの誰かしらが休みなら、その人の所へ行くが、毎日が休みのわたしと違って、そう簡単に都合がつくわけもない。
合鍵自体は、イナリの仕事が落ち着いたら貰う約束になっているので、今だけの辛抱だが。
というわけで、本日わたしは一人なわけだが。このアパート、結構古い割には防音がしっかりしていて、そんなに隣の人の生活音が聞こえてくる、ということはない。まったく聞こえないわけではないけど、見た目の割には静かな方だろう。
だから、音の大きさからして部屋の中の可能性が高い。
……えっ、怖……。
最初は『なんの音だろう?』という疑問が先行して深く考えなかったが、一人でいる部屋に音が響くって、怖くない?
どうせイナリの部屋のことだから、積んでいた荷物が崩れたのかな、とイナリの居住スペースを見てみたが、これといった変化は分からない。多少崩れていても分からない荒れっぷりだが、あれだけの音がしたのだ、少し布が落ちた、とかではないだろう。見れば分かるはず。
となると、シャワールーム、トイレ、クローゼットのどれかだとは思うのだが。散らかっているのはこの部屋だけで、シャワールームやトイレは意外と綺麗、ということを知っている。音を立てて崩れるようなものはなかったず。
そう思っても、ただシャンプーのボトルが落ちただけ(しっかり置いてあるのでそれはそれで怖いが)、なんてことを確認したくて、シャワールームとトイレを見る。――特に目立つ変化はない。
残るはクローゼット。わたしはこの家のクローゼットが開いたところを見たことがないので、中身がどうなっているのか知らない。部屋が部屋なのでクローゼットの中も凄いんだろうな、と思う反面、クローゼットをあまり開けずに生活していて、部屋がこれだけ散乱しているのを見ると、イナリは手が届く範囲に物を置きたがる性格で、逆にクローゼットの中は何もないのでは? とも思う。
多分、物が崩れて壁とかに当たっただけ。百歩譲って、心霊的な現象でもまだいい。
一番怖いのは、不審者がいることだ。わたしがずっと部屋にいたから、どこから入ったんだ、って話ではあるけど。
一人でいるから、怖い妄想ばかりしてしまう。クローゼットを確認して、何も泣ければ聞き間違いだということにしてしまおう。
大丈夫、と思いながら、シャワールームから部屋に戻ると、クローゼットが、開いて、いて――。
「ひ、ひええええ!」
わたしは情けない悲鳴を上げてしまった。




