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「フィジャもイエリオも両親が健在だから、二人とも両親にマレーゼを紹介する気満々だと思うよ」
ウィルフはどうだか知らないけど、とイナリさんは言う。
ウィルフの母親が討伐されて亡くなっていることは知っているけど、父親は同なんだろう。でも、少なくとも魔物だとは思うので、会いに行く、という可能性はそんなにないように思うけど。
「イナリさんは?」
「……僕の方も両親は元気だけど。でも、行く気ないんでしょ」
「ち、違うって! そんなことない!」
わたしは慌てて否定する。結婚する、となったときに、特に届け出もないし親族に挨拶もしない、と聞いていたから、てっきりただ家族が集まるだけで、この時代、この国に家族のいないわたしはお留守番だと思ったのだ。
わざわざ挨拶しに行かない、というだけであって、こういった、会う機会があれば挨拶する、ということか。それならばわたしだって挨拶する。
他にも夫がいる、という状況で会いに行くのはなんだか気まずいが、でも、一夫多妻、一妻多夫が普通のこの国ではそんなに珍しいことではないと思うので、そこまで気負わなくてもいい……のか?
「でも、会うとなると緊張する――しますね」
慌てていたからか、いつの間にか口調が砕けていた。気安かったかな、と、ちらっとイナリさんを見てみると、じっとこっちを見ていた。
無表情に見えて、きゅっと、ちょっとだけ眉根がよっている。どういう感情なんだろう、その顔は。
「――それ」
「え?」
「……け、敬語。なくていいよ。『さん』もつけなくていい。皆には砕けてるのに、ずる……僕だけ丁寧な対応とか、変でしょ」
「……? じゃあ、遠慮なく?」
何か言いかけていた様だったけど、なんだろう。でもまあ、砕けた口調でいい、と言うのなら、ありがたく普通に話させてもらう。
そんなことを話していると、ふと、わたしの耳に「うわ、似合わない」という言葉が聞こえてきた。ざわざわとした店内の中、タイミングがかち合ったのか、その言葉だけが、妙にわたしの耳に届いた。
最初は特に興味もなくて、誰かの会話なんて盗み聞くのも趣味悪いし、とイナリさん――イナリとの会話に戻ろうと思ったのだが。
「あんなに美人なのに、狐種と結婚とか、趣味悪~」
そんな言葉が聞こえてきて。冷や水をぶっかけられた気分だった。狐の獣人なんて珍しくない、と自分に言い聞かせるも、目の前にいるイナリさんの表情が固くて。
この店に入って、居心地悪そうにしていた表情ともまた違う。
もしかして――いや、もしかしなくても、今の、わたしたちのことを話していたんだろうか。




