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「えっ、ここに入るの……?」
「外へ食べに行っている時間なんてないのに」とぶつくさ言っていたさっきよりも、よほど嫌そうな表情だ。店を見ながら心底嫌そうな顔をする。
わたしが「この店にしよう」と言って決めたのは初めてルーネちゃんと一緒に行った、女の子が好みそうな可愛らしいカフェである。
このお店がイナリさんの家の近くにあったとは知らなかったが、この周辺でわたしが知っているお店は多分、ここしかない。
イナリさん自身も、パン屋は知っているが、美味しい食事処を知らないので、代替案が出せない。パンだけだと栄養が偏る、と外に連れ出したのに、結局パン屋に足を運んでしまっては意味がない。
「イナリさんがちゃんとご飯食べないからこうなるんですよ。味は美味しいので、大丈夫です」
「いや、味の問題じゃ……」
「ちゃんと食べないなら、似たような店に連れまわします。覚悟してください」
ルーネちゃんの様子を見るに、こういう可愛らしいというか、ファンシーでゆめかわなお店をいくつも知っているに違いない。聞けば快く教えてくれるだろう。
「わたしだって、一日三食、栄養バランスも完璧な食事を、とはいいませんよ。でもパンだけしか食べない食生活は流石に見過ごせません。というわけで入ります」
わたしはイナリさんの手をひっつかんで店内に入る。丁度昼過ぎではあったけれど、こういうお店はやっぱり週末に混むものなのか、平日の今日はまだそこまで混んでいなかった。まばらに数席、席が空いている。
あんまり人がいない席を選んでわたしたちは座る。イナリさんは居心地の悪そうな顔をしていた。男の人にはちょっと敷居が高い店だからなあ。わたしがいるのに。
「ご飯食べて帰るだけですって。落ち着かないなら、店員の服でも見てればいいんじゃないですか。こういう店に普段入らないなら、いい機会ですよ」
わたしが適当にそう言うと、イナリさんは多少気持ちが落ち着いたのか、メニュー表を見ながらも、ちらちらと店員を見ていた。気にはなるんだろう。
わたしたちは店員にオーダーを済ませ、料理を待つ。
「それにしたって、どうしてそんなに時間がない、なんて焦ってるんです? 今日、休日ですよね」
することもないわたしは、イナリさんに声をかける。店に来てまで二人そろって黙り込んでしまっては、気まずいだろう。周りがきらきらしている分、余計に。
イナリさんも同じ気持ちなのか、話に載ってくれた。
「三か月後に祝集祭があるんだ。そのおかげで僕にデザイン担当が回ってきたってわけ」
「祝集祭、ですか」
名前だけは聞いたことがある。五年に一度、家族があつまる祭り、だっけ?
冒険者向けの防具を売っている店でも、普通の服を売るんだなあ、と思いつつ、今デザインして三か月後に出来上がるの?
イナリさんの店は結構大きかったし、店員のイナリさんがデザインしている、ということは、店でデザインして店で作り、そのまま売り出しているんだろう。
流通とか展示会での受注とか、そういうのが全部カットされるとしても……三か月は相当ギリギリでは?




