280
なんでも、皆で集まってする飲み会は、フィジャ、イエリオ、ウィルフの三人で行われるため、そのまま寝てもいいようにと、三人の家にはベッドやソファが余分に置かれているが、イナリさんの家にはそれがないらしい。どうりで三人の家にわたしが使っていいベッドがあると思った。
まあ、確かにこの惨状じゃ人はなかなか呼べないよねえ。前回、わたし一人でも結構窮屈だったし。
「……まあ、これなら大丈夫、かも?」
フィジャが苦笑いしながら言う。
決して綺麗に片付いているとは言えないが、生活できないほどでもない。
「ボクが掃除手伝わなくても大丈夫そうだし、もう帰るね」
「あっ、うん、今日は仕事前にごめんね。ありがとう」
これから仕事があるフィジャを長々と拘束するわけにもいかない。
わたしはフィジャを見送って、そのままソファへと座った。
座ったわけだが。
――き、気まずい!
フィジャがいなくなって二人きりになったとたん、部屋の中がしん、と静まり返った。
一度ソファに座ってしまったので、用事があるからと離席するのもやりにくい。それに、これから四か月お世話になるのだ。その間、毎日外へ出るのもそれはそれで大変だ。晴れの日なら多少散歩に出てもいいかもしれないが、雨の日に散歩、というのもあまりない話だし、一日中散歩、というのもそれはそれで疲れる。
イナリさんは机に向かって何かを描いている。一応、今日は休みだと聞いていたけれど、仕事が仕事だし、何かデザイン画でも描いているのなら声もかけにくい。
というかそもそも何を話すの? 話題ある?
シャッシャッとイナリさんが筆記具を動かす音だけが室内に響く。
何かないかな、と頭を悩ませるも、あんまり出てこない。
というか、わたし、そもそもイナリさんのこと、なんにも知らないんだ。酒癖が悪くて服のこだわりが強い、ということくらいしか知らない。
あ、服……。服と言えば。
「あ、あの」
勇気を出して声を出すと、思った以上に部屋の中で響いた。大きな声を出したつもりはないに。
イナリさんは顔こそ上げないが、手が止まっていた。話を聞いてくれる気はあるんだろう。
「……この前は、防具、選んでくれてありがとうございました。無事に帰って来ることが出来たので」
そう言えば、まだお礼を言っていなかったな、と思ったのだ。いい機会だから言っておこう。
「……別に。ウチの店の防具なら、無事に帰ってきて当然でしょ」
それだけ言うと、イナリさんの手が再び動き出した。
ヤバい、会話が終わってしまった。広がるような話題じゃなかったか。でも、他に話題、話題……なにかあるかなあ。




