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「辞めた後は……どうするんですか?」
思わず、わたしはそんなことを聞いてしまった。自分でもびっくりするくらい、声が震えていて、そこでようやく、どうしてわたしがこんなにも焦っているのかに気が付いた。
ジェルバイドさんを解放するという目的を果たして、ずっと彼が悩んでいた魔物であったという過去を皆に話して、和解して――全ての目標をなしとげたウィルフさんが、ふらっといなくなってしまいそうで、不安なのだ。
勿論、彼がいなくなると言ったわけじゃないし、置いていくとも思わない。
でも、でも。
わたしを殺して自分も死ぬ、という判断を咄嗟にした彼が、全部置いてどこかに消えるんじゃないか、という思いが、ほんの少しだけ、ぬぐえなくて。
最近のウィルフさんは、すごく態度が丸くなったように思うが、それは同時に、彼がずっと背負ってきたものがなくなって――ある意味で、つきものが落ちたような状態なんじゃないかと。
でも、わたしのそんな不安に気が付いているのかいないのか、『辞めること』をなんてことないように言ったのと同じ声音で、彼は言う。
「民間警護団に入るつもりだが」
「みんかん、けいごだん」
思ってもみない言葉に、わたしは、ぽかんと、その言葉を聞き返した。
民間警護団って、あの、警察的な組織、だよね? なんで急に?
わたしが不思議そうにしているのが不思議だ、と言わんばかりに、ウィルフさんは少し首を傾げた。
「だからさっき警護団の支所に――ああ、お前、もしかして警護団の支所、見たことなかったのか?」
「ししょ……。こ、このあたりは初めて来ました」
さっきの真新しい、冒険者ギルドに似た建物が、警護団の支所、とやらなのかもしれない。
「冒険者を辞めた後に警護団に入れる様に手続きをしてたんだよ。向こうには喜ばれたぜ、なにせ特級冒険者だからな」
冒険者ギルド側からしたらウィルフさんほどの実力者が辞められるのは痛手かもしれないが、民間警護団側かわしたらありがたい話なのだろう。
「――ジェルバイドを解放したんだ、その責任を取らないとな」
この街を脅威に陥れた冒険者を解放した。その事実を、ルーネちゃんは大っぴらに言わなかったけれど、あの日、シャルベンへと送り届ける途中で見られてしまった以上、全く噂になっていない、というわけでもない。
少なくとも常にひそひそされるようなことはないが、ウィルフさんと共にいると、感じる嫌な視線が増えたような気がする。
もっと、街を守る力が強ければ、ジェルバイドさんの一件のような事件が起きても、もっと対処できたはずだ、とウィルフさんは言う。
その、街を守るもっと強い力にウィルフさんがなる、ということなのだろう。




