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気づかれた。怒鳴る大柄の男の声に、ちらほらと数少ない人々の注目が集まる。
大半はわたしたちが喧嘩をしていると思っているのか、不思議そうな顔や迷惑そうな顔をしているだけで、ジェルバイドさんの正体に気が付いていない表情をしている。
しかし、一人、二人、と、少ない数ではあるが、明らかにジェルバイドさんを見て表情が変わった人もいて。
まずいな、とわたしが焦っている間にも、ウィルフさんは二人の間に割って入る。
「離せ」
「うるさいっ! どうしてそいつがそこに居るんだ!」
たとえ大柄とはいえ、ウィルフさん相手ではびくともしない。それでも、大柄の獣人の男はウィルフさんにくってかかる。
「ここでは危ないですよ! 一旦落ち着いて……!」
こんなところで暴れたら非常に危ない。城壁の上なのだ。転落防止の柵はあるものの、大柄の二人が揉めて落ちない可能性はないわけじゃない。
この高さから落下したら確実に死ぬだろう。
とにかく落ち着かせないと。
いっそ、一旦この場はウィルフさんに任せて、ジェルバイドさんを連れてシャルベンへ行った方がいいか、と彼の方を見ると――また別の人がジェルバイドさんに近付いていた。
ジェルバイドさん自身は顔を隠そうとうつむいていて忍び寄る人影に気づいていない。
ウィルフさんはその人影に気が付いているが、すぐには動けそうにない。危害を加えようとしているだけで、実際なにかしたわけではない大柄の男に、そこまで強く出られないんだろう。
なまじ、こちらの方が褒められたものでないと理解しているので。本来なら、ジェルバイドさんはこんなところにいないのだから。
「――ジェルバイド!」
ウィルフさんが声を上げると、彼がパッと顔を上げる。そこに立つ、女性の姿にびくりと肩を跳ねさせた。
「貴方のせいであたしの夫は死んだのよ! 門番だった夫は、一番に、貴方のせいで……っ!」
ヒステリックな叫び声を上げ、女性は殴りかかる様にジェルバイドさんを押し飛ばした。
本来だったら、女性が突き飛ばしたところで、男性であるジェルバイドさんはそこまでダメージを食らわなかっただろう。
でも、ついさっきまで収監されていた彼は、冒険者の現役時代とは比べ物にならないくらい筋力が落ちていて。
故に、女性の押し飛ばす力に耐えきれず、よろめいた。
本来だったら、柵があって、背中を強打するだけで済んだだろう。
でも、みし、と、嫌な音が立って――柵の一部が崩れた。
落ちる。
半分以上なくなった柵は、ジェルバイドさんを支えきれなくて。彼の体は、半分以上、橋の上から出ていて。
やばい、とわたしが駆け寄るより早く、弾かれるようにウィルフさんがジェルバイドさんへと駆け寄っていった。




