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べしょべしょと顔を崩して泣いていたジェルバイドさんが泣き止んだのは、街と街を繋ぐ、塔の間に設置された、城壁の上――橋でのことだった。
そもそもジェルバイドさん自身が他人に見られたらまずい人物なので、ひと気のないところを選んで歩いたが、それでもたびたび視線を感じて、ひやひやしたものだ。
わたしたち自身、大泣きする男を引き連れていると、絶対変な目で見られたと思う。わたしは街の中でも知られている人間じゃないからすぐに忘れられるだろうが、ウィルフさんは大丈夫かな。冒険者としては有名な方のようだし。
なんなら、橋をすれ違う人たちにもちらちらと見られているし。
そんなことを考えながら、橋の上を歩いていると、ふと、ジェルバイドさんが口を開いた。
「君は――」
さっきまでずっと泣いていたし、人と話をしていなかったからか、かすれ声も酷くて。その上、今日は風が強めなので、彼の声が上手く聞き取れない。
ウィルフさんも同じだったようで、足を止める。つられてわたしも足を止めたので、全員でその場に立ち止まることとなった。
ウィルフさんの耳が動く。それでジェルバイドさんもわたしたちが聞き取れなかったことを察したらしい。
もう一度、今度は少し強い声で言った。
「君は、何年か前に、オレの依頼を受けてくれた子だよな」
「――そうだ」
「どうして、オレの為にそこまでしてくれるんだ。オレは、君の為に、なにかしたか?」
「それは――」
ウィルフさんが言いよどむ。橋の上は、あまり人がいるわけではないが、全く人がいないわけでもない。
いつぞやの食事処のように、区切られた空間でもないので、会話は筒抜け……という程でもないが、立ち止まって聞き入ろうと耳をすませば聞き取ることが出来るだろう。
「今は話せない。場所を改めたら、話す」
ウィルフさんの言葉に、ジェルバイドさんはうつむきがちだった顔を上げる。二人の視線が交わって、ウィルフさんの言葉に偽りがないことも伝わっただろう。
「でも、あんたは俺に――」
その先は、強い突風にさらわれてしまった。
――ジェルバイドさんの帽子と共に。
「あっ」
そう声を上げたのはわたしだったか、ジェルバイドさんだったか――それとも、他の誰かだったか。
ぴゅう、と飛ばされた帽子は、手すりを超え、下へと落ちていく。とてもじゃないが拾いに行けない。
顔を何で隠させよう、と、視線を帽子からジェルバイドさんに移すと――。
「――お前っ!」
――一人の大柄な獣人に絡まれていた。




