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ジェルバイド。知らない名前だ。恩赦、というからには、なにかやらかした人の名前なんだろう。
わたしが知らなくても、周りは知っている名前らしい。息を飲む声が聞こえた。なんだか疎外感と言うか……はたしてここにいていいのか、という気持ちになってくる。場違いじゃない? 大丈夫?
「お前、それは……!」
わたしのすぐいた虎の獣人が、思わず、と言った様子で声を上げる。
「ジェルバイドのせいで、この街がどうなったか、知らないわけじゃない。でも――せめて彼をシャルベンに帰して欲しいんだ」
そう言って、ウィルフさんは頭を下げる。彼のこんな姿、初めて見た。
ウィルフさんだけではなく、ルーネちゃんの夫たちも、考え込むルーネちゃんの言葉を待っている。
ルーネちゃんはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「――……分かりました」
パッとウィルフさんが顔を上げる。
「ルーネ! ジェルバイドが何をしたのか分かってるのか!?」
ライオンの獣人が抗議の声を上げた。しかし、ルーネちゃんは軽く首を横に振るだけで、その抗議を聞き入れることはない、と示す。
「でも無条件で釈放することはできません。えっと、例えば、この街に入ることができないとか、ある程度制限はつく、と、思います。ううん、私が付けます。後、すぐに釈放出来るお約束はできません。そもそも書類制作や申請に時間がかかりますし、恩赦と言っても、刑期が短くなるだけという可能性も、あると、思います」
なんでも叶う、と言われていたわりには、あれこれ条件がつく返答だった。それでもウィルフさんはそれで満足だったようで、「それでいい」と言った。
「釈放の際は立ち会いますか?」
「いや、いい。俺が個人的に、勝手に会いに行く」
「分かりました。それでは、申請等済ませておきます。えーっと……そう、後日、連絡はしますから」
それでは、と、双方話し残したことがないか確認して、報告は終わった。
冒険者ギルドを出ると、陽が暮れ始めていた。まだ真っ暗ではないが、夕日が伸びている。
「……少し早いが飯でも食いに行くか」
ふと、ウィルフさんがそんなことを言った。確かにお腹は空き始めているけど……。
「フィジャたちに声をかけにいかなくていいんですか?」
ここを出て、東の森に行く際に声をかけたのだ。今回はわたしも行くことになったからと。それなら、無事に帰ってきた、ということも報告したほうがいいのでは、と聞いてみたのだが……。
「気になるんだろ、ジェルバイドが誰なのか」
「……!」
確かに気にはなっていたけど……そんなにも顔に出ていただろうか。
「む、無理に話さなくても……」
「いや、いい。全部知ったお前になら、今更知られて困ることもない」
全部。それは言わずもがな、彼が隠したかった、魔物だったという秘密のことだろう。
「……じゃあ、聞かせてください」
わたしはそう答えるのだった。




