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 ぷつっと切れたのは、わたしの理性――ではなく、変態〈トラレンス〉との繋がりだと思う。そのうち、猫の獣人の見た目から人間に戻ってしまうはずだ。

 でも、そんなことは気にならない。それほどまでに、その言葉は聞き捨てならなった。


「馬鹿なこと、言わないでください」


 わたしはウィルフさんの上に馬乗りになったまま、胸倉を掴んだ。

 一度は死んでしまったわたしが、残された者の悲しみがどうとか、そんな大層なことは語れない。死んでほしくないのは事実だが、あまり説教じみたことを言うつもりはなかった。人のことを言える立場じゃないからだ。

 ――それでも。


「フィジャ達と、バカ騒ぎするのが幸せなんでしょう? 自分から手放して、どうするんですか!」


 いつかの酒場で、ぐずぐずに酔ったわたしに語った、まぎれもない彼の本音。

 獣人になりたいと願って、真実から目をそらしてまで手に入れた幸せ。

 別に、魔物だった過去と向き合えなんて言うつもりはない。墓場まで持っていきたかったのなら、持っていけばいいと思う。


「わたしなんかに左右されないでくださいよ。勝手に先走って――諦めないで」


 ずっと、簡単に諦めてきたのはわたしの方だ。諦めて生きるのは、ずっと楽な人生で。辛いことから逃げられるし、困ることも意外と少ない。

 それでも、諦めないで立ち向かう人生も、それなりに楽しくて大切なのだと、フィジャとイエリオに教えて貰ったのだ。

 今、それを、彼らの大切な友人に返さないでどうするのだ。


 なにより、希望〈キリグラ〉にすがるほどの願いがあったウィルフさんに、わたしのような人間になってほしくない。


「――……お前が、そんなこと、言うのか」


「言います。諦める人生の方が楽ですけど、諦めない人生の方が、楽しいですよ」


 わたしがそう言うと、ウィルフさんは「説得力が違うな」と小さく呟いた。


「大体、フィジャも、イエリオも、イナリさんも、貴方が魔物だったと知って、軽蔑するような人たちなんですか?」


「それは――思わない、が」


 ウィルフさんが少し言葉に詰まる。やや希望が入っているような声音だったが、実際、あの三人が、手のひら返してウィルフを迫害する図は想像が着かない。

 そんなことをする性格だったら、最初からウィルフさんに近付いたりはしないし、ましてや友人になんかなれなかっただろう。


「ウィルフさんには、特級冒険者という肩書があるでしょう。仮に街の住人全員に貴方が魔物だった過去を持っていると知られても、反論できるだけの力と立場がある。フィジャ達とわたしが味方で――他に何を失いたくないんです?」


 ウィルフさんが思っている以上に、事態は悪くならないと思う。そう伝えたくて、そんなことを言って見たが、ウィルフさんは少し驚いたような表情をしていた。


「……お前も、味方なのか」


「そりゃそうですよ。四人と結婚して、家族になって、どうしたら皆を幸せに出来るかって考えてる最中なんですから。今更魔物だと言われても、そんなの些細なことですよ。ウィルフさんはウィルフさんでしょう」


 わたしはちゅ、とウィルフさんの鼻先に唇を押し付けた。――あの夜、酒場でやらかしたときのように。

 ウィルフさんの味方でいるという、わたしなりの、誓いのキスである。

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