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なるほど? まあ、確かに予想外に、ありえない死体を見たら動揺もするか……するか? 本当にそれだけなんだろうか。
「倒せないような強い魔物の食べ方なんですか? それとも……それこそ、『壁喰い』の食べ残し、とか……」
ウィルフさんくらいの冒険者になると、歯型とかで、ある程度魔物が特定できるんだろうか。わたしは気持ち悪くなってすぐ目を離してしまったが、よく観察すれば歯型の大きさで体の大きさも割り出せて、大体の予想がつくのかもしれない。勝手な想像だけど。
「それは――違う、が」
「じゃあなんでそんなに焦ってるんですか?」
今この状況で、一番焦る理由って、未知の魔物が倒せるか倒せないか、だと思うんだが。
本来いないはずの肉食の魔物がいるなら、多分それがペロディアを食べた、とかで、この森の生態系がちょっと変わっているだけかもしれない。
その魔物を見つけて、倒すなり報告するなりすれば、今回の依頼は終わりなんじゃないだろうか。
いないはずの魔物にびっくりするのは分かるけど、あそこまでうろたえるほど強い魔物なんだろうか。でも、倒せないほどの敵じゃないみたいだし。
そう思って、聞いてみたけれど、「それは」と、また、ウィルフさんは言葉をつまらせ、続きを探すように目を泳がせていた。
「――そうか、何も知らねえんだもんな」
ぽつり、とウィルフさんが呟いた。ところどころ、聞こえないくらいの、本当に小さな声量で。多分、繋ぎ合わせたら、こう聞こえるだろう、という予想でしかない。
「え、なんで、す――な、んでも、ないです」
なんですか、もう! と茶化して聞きなおそうとしたら、凄い目で見られた。
すごく、冷たい目で、無表情で。
ウィルフさんは顔の造りが犬――ではなく狼なので、人ベースのフィジャたちとちがって、細かい表情は分かりにくいのだが、あれは間違いなく、無表情だった。
絶対に、これ以上踏み込んだ話をしてはいけない。
直感で、そう思って、わたしは口を閉じて、ぎこちなく視線を手元に戻した。
ウィルフさんはわたしに「認めない」とか「めんどくせえ」とか、ネガティブな言葉をよく投げかけるけど、そんなのとは比べ物にならないくらい、完全な拒絶だった。
「――、悪い、俺も片付ける」
随分と切り替えた声でウィルフさんが言い、彼もまた、片付けに参加する気配を感じた。
「これ片付けたら、調査に戻るぞ」
そう言うウィルフさんの声音は、それこそ、カラプラの死体を見つけてうろたえる前のウィルフさんにまで戻っていて。
でも、怖くて顔が、あげられない。
わたしはそのまま、少しだけ震える手を使って、片付けを続行するのだった。
あのカラプラの死体を見つけてしまった、本当の意味が気になる、という好奇心を、頭の片隅まで追いやって。




