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檻に近付いて、外から「大丈夫だよ」と声をかけてみるが、おびえ切ったペロディアは震えるだけで、わたしの方に駆け寄ることはない。
この子はまだ小さくて、幼い。ここに動物避けの魔法がかかっているなんて、分かっていなかっただろう。
それなのに、逃げ場のないこの檻の中で、自分より大きな魔物に、こんなに引っ掻き傷が残るまで何度も何度も攻撃されては、生きた心地がしなかっただろう。
この子が後をついてこなければいいか、と、適当に檻を作ったのがまずかった。空気の入れ替えが必要だから完全に全てふさぐことは出来なくても、ある程度外から見えないようにした方が良かっただろう。
わたしは今からでも、と魔法で檻を作り直す。
「ごめんね」
わたしはそうペロディアに声をかけ、立ち上がった。
「ウィルフさん、とりあえずここを片付け――」
振返りながら言って、その先を、言葉を失った。
立ち尽くし、片手で頭を抱えるウィルフさんがそこにいるなんて、誰が予想出来ただろうか。ウィルフさんが毛に覆われていなくて、わたしたちの様に肌が露出していたら、死人のように真っ青だったんじゃないか、と思うほどの表情をしていた。
「ウィルフさん」
声をかけても返事はない。さっきの、カラプラの死体を見つけてから、彼は別人のようになってしまった。
動揺している、というか――おびえているように見える。
「ウィルフさん!」
わたしは彼に近付き、ぶらりとおろしているほうの腕を揺さぶった。肩に届かない訳じゃないが、身長差と体格差で肩は揺さぶりにくい。
わたしの声と、揺さぶりに、ようやくウィルフさんはこちらを見る。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
全然大丈夫には見えない。視線がうろうろしていて、しきりに瞬きをしている。
拠点が襲われてしまって、辺りにまだ敵がいるか警戒しているのではなく、ただ、言葉を探しているように見えた。
「――とりあえず、わたしはここを片付けますから。落ち着いて、話せるようになったら説明してください」
危険な魔物がいる、とか、多分、そういう話じゃないはず。彼は、なにか言いたくないことがあるのだ、きっと。
そうじゃなければ、こんなにも、曖昧な言葉で濁したりしない。
ウィルフさんはわたしのことを認めていないし、面倒だと説明を省くところがあるが、仕事に関してはきっちりしているほうだし、何より、わたしを見殺しにするような人ではないと思っている。
だから、危険な魔物がいたり、厄介な状況だと、そんな簡単なことならわたしに教えてくれているはずだし、こんなにも呆けているわけがない。
彼のことは気になるが、とりあえず、今はそっとしておいて、この惨状をどうにかしよう。




